トランプ2.0「速やかに達成する20の約束」に猛チャージする“新型政商”イーロン・マスク

執筆者:滝田洋一 2024年11月18日
エリア: 北米
マスク氏(右)は米政府の無駄は2兆ドル規模だと述べている[2024年10月5日、米ペンシルベニア州バトラー](C)AFP=時事
共和党政策綱領「速やかに達成する20の約束」、その「1. 国境の封鎖と移民の阻止」「2. 米国史上最大の強制送還作戦の実行」に邁進するのは確実。これに“タリフマン(関税男)”の高関税が加われば、労働力の供給抑制と輸入価格の上昇から政権はインフレ懸念を抱え込む。規制緩和とエネルギー生産の拡大は、インフレを抑えつつ経済成長率を高め、財政赤字の圧縮を図るうえで欠かせない。第2次トランプ政権のアクロバティックな経済運営に相当な混乱は必至だが、ここにマスク氏率いる「政府効率化省(DOGE)」は大きな役割を果たすだろう。有権者の反ワシントン感情をDOGEに誘導できれば、トランプ2.0にとって重要な治的資産ともなるはずだ。

 世紀の接戦のはずが、いともあっけない幕切れに。2024年の米大統領選はドナルド・トランプ候補の大勝に終わった。主要な敵をノックアウトしたトランプ2.0は「暴走列車」となるのだろうか。トランプ推しの前面に立ったテスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)に脚光が当たる。新政権が目指すアメリカは、世界の行く末をも左右する。

 暗号資産(仮想通貨)のひとつドージコイン(DOGE Coin)が11月14日、高騰した。ドージコインはコミカルな柴犬のインターネットミーム(「Doge」)をモチーフにして作られた仮想通貨。自身も柴犬好きを公言しているマスク氏は、以前からこの仮想通貨がお気に入りだ。トランプ氏が予算の無駄遣いに大ナタを振るうとして「政府効率化省(Department of Government Efficiency)」設置を発表し、指南役にマスク氏を指名した。そのマスク氏が、政府効率化省の頭文字(DOGE)と柴犬のモチーフを掛け合わせたロゴデザインを大々的に喧伝したから、その祝祭感が仮想通貨市場にもパッと伝わったのだ。

 トランプ2.0の政策内容に入る前に、なぜ民主党のカマラ・ハリス候補が大敗したのかをみておかねばなるまい。それこそが、大統領ばかりでなく、議会の上下両院ともに共和党が抑える「トリプル・レッド」を招いた原動力といえるものだからだ。

「アイオワをなめるなよ」、驚きのハリス氏リードに奮い立つ民主党〉――。米ブルームバーグ通信のこんな見出しに我が目を疑った。日本語の配信は11月5日午前3時20分。「アイオワをなめるなよ」――アイオワ州下院の民主党指導者ジェニファー・コンフルスト氏は、同州ウォーキーの党本部に集まったハリス副大統領の支持者らを前に、Tシャツの胸に書かれた言葉(DON’T SLEEP ON IOWA.)を叫んだ、というのだ。

 アイオワ州の有力紙「デモイン・レジスター」が11月2日に発表した同州の支持率は、ハリス氏47%、トランプ氏44%と、ハリス氏がトランプ氏を3ポイント上回った。世論調査の専門家J・アン・セルザー氏の調査をデモイン・レジスターとメディアコム・アイオワ・ポールが共同でまとめた結果だという。トランプ氏の岩盤支持であるはずのアイオワ州で、ハリス氏優勢の大番狂わせが生じていると、米メディアは沸き立った。

 報せが一瀉千里を走った様子は、報道というより選挙キャンペーンを思わせる。ブルームバーグの記事はその典型だが、日ごろは冷静なはずの英紙フィナンシャル・タイムズでさえ、11月3日の電子版トップで「ハリス氏支持が共和党地盤のアイオワでトランプ氏を予想外のリード(Kamala Harris takes unexpected poll lead over Donald Trump in Republican-leaning Iowa)」と報じたくらいだから、後は推して知るべし。

「ハリス優位」報道は何だったのか

 いざ蓋を開ければ、アイオワ州はトランプ氏が勝利を収め、6人の選挙人を獲得した。世論調査に当たりはずれはつきものにせよ、気がかりなのは報道姿勢である。①他の世論調査はすべてトランプ優位だったのに、あえてハリス優位の調査を地殻変動が起きたかのように報じた、②その際に、調査した専門家に「全米でその信頼性が高く評価されている」という箔付けを施した。

 このままいけばハリス氏当選も、と主要メディアは胸を膨らませた。だが、そうは問屋が卸さない。ハリス氏は期待されたほど、女性票を集められず、黒人やヒスパニックなどマイノリティー層でも男性の離反が目立った。CNNの出口調査によれば、ヒスパニックの男性でハリス氏に投票したのは43%どまり。トランプ氏の55%に大きく後れをとったのである。

 人気歌手のテイラー・スウィフトさんほか、セレブによるハリス氏への支持表明は追い風にならなかった。投票前夜に激戦州ペンシルベニアで行われた最後の選挙集会には、肝心のスウィフトさんは現れず、その姿は1900キロメートル離れたアローヘッド・スタジアムに。NFLチーフスの恋人トラビス・ケルシー氏の試合を観戦していたというのだ。

 この話を伝えたのは『日刊スポーツ』の電子版(11月6日9時26分)。日本の主要メディアが伝えようとしない、ハリス推しの楽屋裏はそんなものだったのである。ハリス支持のはずの若年層も、本番の大統領選ではむしろトランプ支持が目立った。暗数も読めないようでは話になるまい。

 経済や外交・安全保障でハリス氏が語るべき政策を持ち合わせていなかった。これが最大の理由だろうが、その前に「アイデンティティ・ポリティクス」への有権者、とりわけ男性有権者の反発を指摘しておかなければなるまい。アイデンティティ・ポリティクスとは、共通する性質を持った人々が同じ政治的目標に向かって結束すること。そのコアになるのは、主にジェンダー、人種、民族、性的指向、障害である(Wikipedia)。

 しばしば「ポリティカル・コレクトネス」つまりポリコレの政治的な建前論となり、多様性や寛容、少数派の権利などの名の下に異論を封じがちとなってきた。ハリス氏が前面に推し出したのは、女性であり黒人(人種的な少数派)であるという自らのアイデンティティである。主要メディアはポリコレの前では金縛りに遭うが、街行く人たちはハリス候補が高唱するポリコレに息苦しさを覚えていたのではないか。

 今から思うと、共和党大会の最終日に当たる7月18日に登場したのが、元プロレスラーのハルク・ホーガン氏というのは象徴的だった。強さを前面に出し、「忘れられた人たち」の閉塞感を破るメッセージだったからだ。テスラのマスク氏が、かつては「詐欺師」と批判したトランプ氏を、今回の大統領選で何故これほどまでに支援したかも、この問題と密接に絡んでいる。

 マスク氏は24年7月16日、XとスペースXの本社をカリフォルニア州からテキサス州に移すと発表した。その理由としてマスク氏は、カリフォルニアがトランスジェンダー法の子供をめぐる法律を成立させたことを挙げた。生徒が性自認を変えた場合、学校は本人の同意なしに両親に通知できないと定めた新法は、「最後の藁しべ一本(final straw)」つまり我慢の限界だとマスク氏はXに書き込んだ。

 マスク氏の子供の1人は22年4月、18歳のときに性転換している。マスク氏はその経験を踏まえ、24年7月23日に「息子を失った。(ジェンダーやマイノリティーなど)社会問題に意識が高い『ウイルス』によって殺された」と表現している(産経新聞)。アイデンティティ・ポリティクスがかえって米社会の分断を深めていると感じている人々は、マスク氏に共感を示しているのである。

激戦州の「ブルー・ステート化」懸念を強調したマスク氏

 マスク氏がトランプ氏支持に転じたもう一つの大きな理由は、不法移民問題である。不法移民による治安の悪化を嫌ったのか。南アフリカ生まれの移民であるマスク氏が、移民排除を主張するのは身勝手ではないか。そんな批判も耳にするが、マスク氏の不法移民への危機感はそんなところにあるのではない。

 ジョー・バイデン政権の下で急増した不法移民が、大統領選の激戦州に数万人単位で移り住めば、激戦州は民主党が地盤を固める「ブルー・ステート」に変貌してしまう。そうなると、民主、共和両党による二大政党制はとどめを刺され、民主党が万年与党になってしまう。それは民主主義の死を意味する。今回の大統領選は米国の民主主義を守るための、最後のチャンスなのだ――。

 米世論も不法移民の急増には批判的だ。それは激戦州の将来というよりも、足元の犯罪増加や社会不安を映してのことだろうが、ハリス氏は選挙戦を通じて不法移民問題を避けて通った。「border(国境)」や「immigration(移民)」は、ハリス氏のXへの投稿の頻出語には顔を出さない。バイデン大統領から移民管理の政策を任されたハリス氏自身、不法移民の急増がアキレス腱であると自覚してのことだろう。

「手取り増」なのに経済への不満が募る理由

 経済政策の評価はどうか。再びCNNの出口調査によれば、米経済がⒶ良い・やや良いは合わせて31%、Ⓑ悪い・やや悪いは合わせて68%。Ⓐの31%の回答者は、ハリス氏に91%、トランプ氏に8%の票を投じた。それに対してⒷの68%の回答者のうち、ハリス氏に投じたのは28%、トランプ氏は70%を集めたのである。経済への不満がハリス氏への逆風になったのは明らかだが、ひとつの疑問が湧く。

 米経済は日本や欧州に比べて良好なはずなのに、なぜ有権者に評価されなかったのか、という疑問である。

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カテゴリ: 政治 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
滝田洋一(たきたよういち) 名古屋外国語大学特任教授 1957年千葉県生れ。慶應義塾大学大学院法学研究科修士課程修了後、1981年日本経済新聞社入社。金融部、チューリヒ支局、経済部編集委員、米州総局編集委員、特任編集員などを歴任後、2024年4月より現職。リーマン・ショックに伴う世界金融危機の報道で2008年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」解説キャスターも務めた。複雑な世界経済、金融マーケットを平易な言葉で分かりやすく解説・分析、大胆な予想も。近著に『世界経済大乱』『世界経済 チキンゲームの罠』『コロナクライシス』など。
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