イスラエル・イラン戦争、アラブ世界に交錯する「イラン嫌悪」と「イスラエル嫌悪」
Foresight World Watcher's 7 Tips

「2月中旬までに、イスラエルと調整の上、中央軍司令官マイケル・エリック・クリラ将軍は3つの主要な選択肢を策定した。第一に、そして最も小規模な選択肢は、イスラエルの任務に対する米国の燃料補給と情報提供支援だった。第二に、イスラエルと米国の共同攻撃。第三に、米国主導の任務で、イスラエルが支援役を務めるというものだった。この任務には、米国のB-1爆撃機とB-2爆撃機、空母艦載機、そして潜水艦から発射される巡航ミサイルが投入される予定だった。/大規模な米軍攻撃に加え、米軍オスプレイヘリコプターや他の航空機による航空支援を受けたイスラエルの特殊部隊による襲撃という、すぐに却下された第四の選択肢もあった」
米国東部時間6月21日午後7時ごろ(イラン時間では22日午前2時30分ごろ)、アメリカはイランの核施設3カ所に対する攻撃を実施しました。米国がイラン領内に攻撃を加えるのは初めてであり、事態のエスカレーションが懸念されます。6月13日にイスラエルがイランに対する攻撃を開始して以降、一つの焦点となってきた「米軍の直接介入」が現実のものになっています。
ただ、このオプションは第2次トランプ政権発足後のかなり早い時期からプランニングはされていたようです。上記引用は、米ニューヨーク・タイムズ(NYT)紙が6月17日に公開した記事「How Trump Shifted on Iran Under Pressure From Israel(イスラエルの圧力を受け、トランプ大統領はいかにしてイラン政策を転換したか)」の一節。まだ核施設攻撃が実施される前の記事ですが、選択肢の「第三」が、まさに今回のプランだったことがわかります。
トランプ政権内にはイスラエル・イラン戦争への介入をめぐり、否定的な立場と積極的な立場の亀裂があると指摘されますが、このNYT記事の伝えるところでは「(第1次政権のチームと対比して)新しいチームは概ねトランプ氏の直感を支持し、それを実行に移した。確かに意見の相違はあったものの、イラン政策をめぐる激しい対立はほとんど、あるいは全くなかった」とされます。つまり“やるかやらないか”は大統領次第でも、イラン攻撃のプランそのものは準備されていたと考えられます。
元来は介入に否定的なドナルド・トランプ大統領は、政権チーム内の意見対立にある程度は影響を受けながらも、むしろ「(ウクライナでの停戦と和平合意をめぐる交渉で)ロシアのウラジーミル・V・プーチン大統領がそうであったように、外交交渉においてイランがトランプ氏を操っていると信じるようになった」というあたりに今回のトリガーがあったのではないか。このNYT記事には以下のようなくだりもありました。
「トランプ氏は火曜日[6月17日]の早朝、カナダで開催された主要7カ国(G7)首脳会議からワシントンへ急ぎ戻る途中、国家情報長官トゥルシ・ギャバード氏の公聴会証言の一部に異議を唱えた。その証言とは、イランが核兵器開発に利用可能なウラン濃縮を行っているにもかかわらず、情報機関はイランが積極的に核兵器を製造しているとは考えていないというものだった。『彼女が何を言ったかは気にしない』とトランプ氏は記者団に語った。『イランは核兵器保有に非常に近づいていたと思う』」
ともあれ、今回の攻撃だけでイランの核兵器開発能力を完全に除去するのは難しいと考えられます。英フィナンシャル・タイムズ紙が「The nuclear mountain that haunts Israel(イスラエルを悩ます核の山)」(6月15日)で詳しく伝えているように、フォルドゥの核施設は最大級のバンカーバスター(地中貫通爆弾)を使っても破壊できない可能性があり、かつイランが保有する高濃縮ウランから3週間で核兵器9発を製造できる兵器級ウランを生産できる能力を持ちます。トランプ大統領の目算では、追加攻撃という選択肢と、鉄槌を食らわせた後に再びイランとの交渉に戻る選択肢が、現状でも併存していると考えた方がよさそうです。
攻撃がなぜ行われたのか、今後の見通し等については、池内恵氏「中東通信」欄の本日更新分「イスラエル・イラン戦争の初期の10日間:評価と見通し」をお読みください。
以下は米国による攻撃の前の記事が中心になりますが、湾岸諸国など地域への影響も俯瞰する記事を中心に7本をピックアップしました。皆様もよろしければご一緒に。
A Last Chance at Middle East Peace【Sanam Vakil/Foreign Affairs/6月18日付】
「中東は、広範な地域戦争の淵に立たされている。[略]アラブ諸国は、イランとイスラエルが1年半前に間接的な戦闘を始めて以来、両国の戦争に巻き込まれることを懸念してきた。しかし、戦闘が拡大してミサイルが日常的に湾岸地域全体を飛び交うようになったことにより、近隣諸国が今、問うているのは、紛争が自分たちのところにやってくるか否かではなく、いつやってくるかだ」
「全面戦争を回避する道はまだ残されている。ただ、ワシントンは外交に冷淡なようであり、紛争の停止の成否はこの地域の国々にかかっている。つまるところ、アラブ諸国とトルコだけが、イスラエル、イラン、米国と良好な関係を築いている。こうした国々は今、エスカレーション防止案を出さなければならない。紛争当事国と話し合い、仲介役を務めることができるような、地域で運営される調停イニシアティブを立ち上げる必要がある。それでもワシントンの関与は必要だろう。しかし、ワシントンに頼ることはできない」
「アラブ諸国とトルコが失敗すれば、戦争は地域に拡大する。イランによるインフラへの攻撃に直面する可能性もある」
英王立国際問題研究所(チャタム・ハウス)で中東・北アフリカプログラムのディレクターを務めるサナム・ヴァキルは、和平には湾岸諸国とトルコの努力が不可欠だとの見方を示している。
米「フォーリン・アフェアーズ(FA)」誌サイトに寄せた「中東和平へのひとつのラスト・チャンス」(6月18日付)でヴァキルはこう書く。

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