やっぱり残るは食欲
やっぱり残るは食欲

見ごろ食べごろ飲みごろ

執筆者:阿川佐和子 2025年7月8日
タグ: 日本
ピータンの黄身がドロリンかどうか、開けてみないとわからない(写真はイメージです)

 開けてみないとわからない食べ物がある。

 その最たる例はピータンだ。ピータンは、外の様子を見ただけでは、黄身がドロリンとしているか、カチカチかわからない。もちろんドロリンが理想的なのだけれど、どんなに外側をさすったり見つめたりしたところで、中の状態を察することはできない。

 最初に籾殻とか泥とかが混じったような外壁を洗い流したのち、固ゆで玉子を剝く要領で殻を取り除く。すると、プルンプルンにかたまった白身(というより黒身)が現れる。ピカピカ輝いている。きれいだ。でもまだわからない。黄身(というより黒灰色身)がドロリンと柔らかい状態であることを祈りつつ、包丁で縦半分にカットする。と、その瞬間、

「ああ……」

 落胆の声を発するか、

「お、お?」

 ニンマリするか、ここが運命の分かれ目である。

 たいていの場合、ピータンは二個とか四個とかがワンパッケージになって売られている。一つ剝いて黄身がカチカチだったとき、残るピータンもカチカチだろうか。暗い未来が予想される。でも反対に一個がドロリンであった場合、残る玉子もだいたいドロリンであることが多い。なぜか。わからない。作る人の腕次第なのかもしれない。

 だからドロリン黄身に出くわしたら、その後はいつも、そこの店の、おそらく同じ輸入業者から入手しているピータンを買えばいい……と思われる。でも、ピータンはさほど頻繁に買わない。そしてどこのスーパーでも売られているわけではない。たまたま中華食材を多く揃えている店で、「ピータンだ!」と、その遭遇に感謝して購入するのが常である。

カテゴリ: カルチャー
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執筆者プロフィール
阿川佐和子(あがわさわこ) 1953年東京生まれ。報道番組のキャスターを務めた後に渡米。帰国後、エッセイスト、小説家として活躍。『ああ言えばこう食う』(集英社、檀ふみとの共著)で講談社エッセイ賞、『ウメ子』(小学館)で坪田譲治文学賞、『婚約のあとで』(新潮社)で島清恋愛文学賞を受賞。他に『うからはらから』、『レシピの役には立ちません』(ともに新潮社)、『正義のセ』(KADOKAWA)、『聞く力』(文藝春秋)など。
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