実は「アメリカ・ファースト」ではないトランプ大統領の「新しい19世紀」

執筆者:篠田英朗 2025年6月28日
エリア: 中東 北米
トランプ大統領のイラン攻撃は、アメリカにとって(ウクライナはそうではないが)イスラエルが同じ文明「圏域」の中核的存在であることを示した[2025年4月7日、会談を終えネタニヤフ首相に別れを告げるトランプ米大統領(右)=米国・ワシントンDC](C)AFP=時事
共和党内で今回のイラン攻撃を強く支持した層は、介入主義的な「ネオコン」に近い思想を持つ。それは神の意思に沿うとの信念から領土を拡大した19世紀アメリカの世界観、「マニフェスト・デスティニー(明白な運命)」とも共鳴している。MAGAは対外的な軍事介入に消極的でも、トランプ政権に併存するこの宗教性に従えば、イスラエルは万が一にもイスラム主義の勢力に屈服してはならない例外だ。国際法違反の冒険的なイラン攻撃は、トランプ大統領が推進する「新しい19世紀」とも呼ぶべき政策体系が、「アメリカ・ファースト」というよりは「ユダヤ・キリスト教文明ファースト」としての性格を持っていることを、あらためて如実に示した。

 米東部時間の6月21日、ドナルド・トランプ米大統領が、イランの核施設に対する攻撃に踏み切った。イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相にしてみれば、宿願とも言えるアメリカの戦争への引き込みが成功した形だ。

 トランプ大統領の就任から5カ月、導入してきた政策の数々が大きな波紋を呼んできた。だがその多くは、対ウクライナ政策の転換から高関税にいたるまで、就任前から実施を予定してきたものだ。それらと比べると、今回のイラン攻撃は、いささか様相が異なる。

 確かに、イランの核兵器の開発を阻止するという目標は、就任前から、さらに言えば第一次政権の時から掲げてきた。ただ、今回の攻撃は実態として、イスラエルのイランとの戦争に加担する形で行われた。ネタニヤフ首相は繰り返し、イランの「体制転換」を目指す姿勢を明らかにしている。「体制転換」を目指した戦争は、トランプ政権にとって、タブー中のタブーだ。「MAGA(Make America Great Again)」の思想に共鳴したトランプ大統領の岩盤支持層は、海外での軍事介入に倦み疲れた層が、中核になっている。イラン攻撃は、その岩盤支持者層の中核に裂け目を作り出す可能性をはらんでいた。

 筆者はこれまでにも何度か、トランプ政権の政策について「新しい19世紀」といった表現を用いながら、「英米系」地政学理論から「大陸系」地政学理論の世界観への転換として描写してきた。本稿では、イラン攻撃に焦点をあてながら、さらに巨視的な視点からのトランプ政権の分析を試みる。

政権内で攻撃目的に関するコンセンサスが存在しない

 イランをめぐる分裂の予兆は、攻撃前に見られた。6月17日、MAGA派で知られる大物ニュースキャスターのタッカー・カールソン氏が、共和党上院議員であるテッド・クルーズ氏へのインタビューで同氏に噛みついている様子が、大きな話題を呼んだ。イスラエルを擁護する姿勢を強く前面に出すクルーズ氏に対して、「イランの人口を知っているか?」と、カールソン氏は聞いた。クルーズ氏は「知らない、知っている必要もない」と答えた。それに対してカールソン氏は、「体制転換を図る国の人口も知らないのか?」と目をむいたのである(ちなみにイランの人口は9200万人であり中東で最大)。

 クルーズ氏は、2016年大統領選の共和党予備選挙ではトランプ氏の対抗馬だったが、トランプ大統領の就任後に政権支持者となった。もともとは積極的な対外政策を推進する傾向があり、2016年の予備選では、リンゼー・グラム氏(現在は強硬な反プーチン主義のウクライナ支援推進者として知られる)らの支持を得ていた。キリスト教右派を支持基盤にしており、イスラエルの強力な擁護者でもある。共和党内にはクルーズ氏のように、今はトランプ大統領を支持する立場をとっていても、介入主義の傾向が強い「ネオコン」に近い思想を持つ層が残存している。彼らが今回イラン攻撃を強く支持した層である。

 元大統領補佐官ジョン・ボルトン氏は、自身のSNSに「トランプ大統領は正しいことをした、次は体制転換だ」と述べる投稿を行った。トランプ大統領のイラン攻撃が、伝統的な対外強硬派の「ネオコン」層に歓迎されたことを示すものだ。

 ただし現役の政権幹部であるJ・D・バンス副大統領や、ピート・ヘグセス国防長官は、攻撃はあくまでもイランの核施設に対して限定的になされたもので、体制転換を目指すようなものではなかったと強調した。攻撃は、アメリカがイランと交戦状態にあることを意味していない、と説明した。

 トランプ大統領自身は、攻撃を説明する演説で、核施設を狙ったことを明らかにした上で、それが大成功を収めたと強調した。ところが、だとすれば目的を完遂させたはずであるのに、さらなる攻撃がありうることを強く示唆し、「標的はたくさんある」とも述べた。また、演説後のSNSでは、イランの体制転換を目指す可能性もあることを示唆する投稿を行った。

 トランプ大統領は、イランが報復する態度をとったことを不満に思ったのだ。その結果、攻撃が実態としてイスラエルの対イラン戦争を支援するものであったことを示すことになった。緊急に招集された国連安全保障理事会の会合において、アメリカ代表部は、イラン攻撃を、イスラエルとの集団的自衛権の行使として正当化した。それ以外の方法では、法的根拠を強弁することもできないからだ。

 こうした動きは、トランプ政権の中で、イラン攻撃の目的に関する確立された総意がないことを意味している。一方には、あくまでも核施設に対する攻撃であったと強調する「MAGA」に近い見方が存在している。他方で、実態としてイスラエル支援を目的にした攻撃であったと認め、したがってイランの体制転換を目指す狙いすら認める「ネオコン」に近い見方が存在している。

 両者は、現実において混在していたが、論理的には両立しない。したがってトランプ政権のイラン攻撃は、矛盾を内包していたと言える。

 大統領自身の態度にも、両方が見え隠れしている。トランプ大統領の「MAGA」の基本思想では、イスラエル・イラン戦争への加担は要請されない。5月13日のサウジアラビアにおける演説で、トランプ大統領は前任の大統領たちを批判して、「介入主義者たちは、自分たちが理解もしていない複雑な社会に介入し、国家建設者たちは、何も作らず破壊だけをした。彼らは、他人が何をすればいいかを語ったが、自分たちですら何を言っているのか理解していなかった」と述べ、拍手喝采を得た。中東における体制転換を目指す態度の忌避は、トランプ大統領の政策体系の基盤となる思想だ。

 一方でトランプ大統領には、イスラエルを支援してイランに対する戦争に勝たせたい気持ちがある。どうしてもイスラエルを支援しなければならないと考えているため、体制転換を求めるネタニヤフ首相に同調してしまいたい心情が見え隠れするのである。

矛盾する「モンロー・ドクトリン」と「マニフェスト・デスティニー」

 トランプ大統領の政策体系は、19世紀アメリカの政治外交思想に依拠するところが大きい。欧州との「相互錯綜関係」を回避する態度は、モンロー・ドクトリンの基本姿勢だ。モンロー・ドクトリンは「MAGA」と共鳴し、対外関係において介入主義的行動を忌避する傾向を説明する。19世紀のアメリカは、驚異的な速度で(植民地ではない)自国領土を拡大させた国でもあった。それをふまえた「大陸主義」と描写されることもある19世紀アメリカの政治外交思想は、北米大陸でのアメリカの領土拡張への野心すら隠そうとしないトランプ大統領の姿勢にも相通じる。高関税の保護貿易を推進した「アメリカン・システム」の経済政策も、19世紀のアメリカが一貫して維持していたものだ。19世紀の驚異的な経済成長の自信に裏付けられた「アメリカン・システム」への憧憬は、トランプ大統領の特徴の一つでもある。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
篠田英朗(しのだひであき) 東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授。1968年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大学大学院政治学研究科修士課程、ロンドン大学(LSE)国際関係学部博士課程修了。国際関係学博士(Ph.D.)。国際政治学、平和構築論が専門。学生時代より難民救援活動に従事し、クルド難民(イラン)、ソマリア難民(ジブチ)への緊急援助のための短期ボランティアとして派遣された経験を持つ。日本政府から派遣されて、国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)で投票所責任者として勤務。現在も調査等の目的で世界各地を飛び回る。ロンドン大学およびキール大学非常勤講師、広島大学平和科学研究センター助手、助教授、准教授を経て、2013年から現職。2007年より2024年まで外務省委託「平和構築人材育成事業」/「平和構築・開発におけるグローバル人材育成事業」を、実施団体責任者として指揮。著書に『平和構築と法の支配』(創文社、大佛次郎論壇賞受賞)、『「国家主権」という思想』(勁草書房、サントリー学芸賞受賞)、『集団的自衛権の思想史―憲法九条と日米安保』(風行社、読売・吉野作造賞受賞)、『平和構築入門』、『ほんとうの憲法』(いずれもちくま新書)、『憲法学の病』(新潮新書)、『パートナーシップ国際平和活動』(勁草書房)など、日本語・英語で多数。
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