米中「核バランス」から浮かび上がる「日米造船協力」の意味

執筆者:後瀉桂太郎 2025年8月28日
タグ: アメリカ 中国
エリア: アジア 北米
米国の艦艇建造計画には大幅な遅れが生じている[横須賀に寄港した米海軍のミサイル駆逐艦ズムウォルト(右)と沿海域戦闘艦オークランド=2022年10月1日](C)時事
中国が進める核/非核両用ミサイルを含む非戦略核の拡充に対して、米国がとり得る対抗手段は限られている。第1次トランプ政権時の「核態勢見直し」で着手した潜水艦発射型の核巡航ミサイル(SLCM-N)開発は、バイデン政権での中断を挟み、第2次トランプ政権で再び優先課題とされた。しかし、米国の艦船建造能力は、ここで大きな制約要因になりかねない。日韓が米海軍の水上艦艇の建造・修理に協力すれば、米国は貴重なリソースを原潜など核戦力の維持に振り向けることができるだろう。

完成に近づく中国の「確証報復」体制

 2025年6月、スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(Stockholm International Peace Research Institute: SIPRI)は2025年版のイヤーブック(年鑑)を刊行した。その第6章では中国の核戦力に関し、この1年間(2024年1月から2025年1月)で保有核弾頭数が500発から600発程度に増加している、と推計している1

 中国は自国の核戦力についてほぼ一切の情報を開示しておらず、保有核弾頭数だけでなくその内訳も推計となるが、SIPRIはその多くはいわゆる戦略核――DF-31、DF-41といった大陸間弾道弾(ICBM)、あるいは潜水艦発射型弾道弾(SLBM)JL-3であると見積もっている。DF-41ICBMは射程距離が1万2000kmに達し、固定サイロだけでなく移動式発射装置からも発射可能と考えられる。また、2025年版年鑑ではSLBMについて従来のJL-2(射程距離7000km)から最新のJL-3(射程距離1万km)に更新されたと更新されている2

 移動式のDF-41およびJL-3は射程距離が延伸し、米国本土を直撃することが可能となる。特に残存性が高く、第二撃能力として戦略的安定を担保するSLBMについて、従来のJL-2は搭載原潜がフィリピン東方海域まで進出しなければ米国本土を射程に入れることができなかった。このことは中国の戦略原潜が米国とその同盟国の対潜捜索ネットワークに探知・追尾される公算が高かったことを示すが、これが1万kmまで延伸したJL-3であれば南シナ海あるいは中国本土の沿岸部から北米大陸の多くを射程に収めることができる。

 神保謙は2019年の著作において、中国の核戦略が必要最小限の第二撃能力(second strike capability)の確保をめざす「最小限抑止」(最小報復戦略と基本的に同義)から、ICBM弾頭の複数個別目標再突入弾頭(multiple independently targetable re-entry vehicle: MIRV)化といった近代化を経て、確実な報復能力を担保し、抑止しようという「確証報復」へと変化しつつある、と論じた3。2025年版SIPRI年鑑によれば中国北部砂漠地帯などのICBMサイロの数が350に達しており、JL-3 SLBMの配備と合わせれば中国の核による「確証報復」の体制は完成しつつある、とみなすことができる。

 単純に核弾頭の配備数だけを比較すれば米中間の差はまだ大きいものの、中国の核戦力増強は今後も継続するであろう(また、米国の核戦力は中国だけでなくロシア、北朝鮮などにも振り向ける必要があるため、米国からみて単に米中間で優位にあれば足りる、というものではない)。その先にあるのは米国との核戦力における均衡、すなわち「相互確証破壊」(mutual assured destruction: MAD)である。

非戦略核オプションを有しない米国の対中エスカレーション・ラダー

 一方、いわゆる非戦略核のカテゴリーに入る「デュアル・ケイパブル」(dual-capable)、すなわち通常弾頭と核弾頭の両方を運用可能なミサイルシステムについては、さらに不明確な点が多い。これらはある種静的な戦略的安定を主眼に置いた戦略核と比較した場合、通常戦争からの核エスカレーションにつながる可能性をはらみ、実戦での使用リスクが相対的に高く、そして計算を複雑化させる。このようなシステムとしてロシアのSSC-8やSS-N-26に加えインドやパキスタンの運用する弾道ミサイルのいくつかが該当すると考えられるが、中国ではDF-26がこれにあたる4。中国人民解放軍はこれら対地/対艦弾道ミサイルシステムを運用し、さらにDF-17のような極超音速滑空弾(hypersonic glide vehicle: HGV)を開発しているが、中国はこれらに核弾頭の運用能力があるのか否か、という点について一切対外的に説明したことがない。

 SIPRI年鑑の2023年版、2024年版では中国の核戦力にDF-21、DF-17を含めていたが5、2025年版ではこれらの記載がなくなり、デュアル・ケイパブル・ミサイルシステムとしてはDF-26のみが残っている(250基のランチャーのうち、40%の100基が核バージョンである、と推定)。このようにそもそもデータ全体がなんらかのインテリジェンス分析に基づく推計であり、その信頼性は完全ではないという前提になるが、DF-26に関しては2020年の段階で米国防省は中国に関する年次レポートの中で「中国において精密攻撃が可能かつ核搭載可能な初めてのミサイルシステム」であるとし、「近い将来に低出力核弾頭を搭載する」と見積もっており6、また2021年の「米中経済安全保障協議会」による議会報告ではDF-26を「通常弾頭と核弾頭の交換が容易」(hot swappable)であると推測していた7

 こうした非戦略核の脅威に対し、米国のオプションは非常に限られている。オハイオ級戦略原潜が搭載するトライデントSLBMにはごく少数(25発)の「低出力核」(low-yield nuclear weapon: W76-2、 TNT火薬8キロトン相当)バージョンが存在するほかは、北大西洋条約機構(NATO)の核シェアリングに用いられる自由落下爆弾B-61が200発存在するのみである8。現状、ロシアに対してNATOは通常戦力において圧倒的な優位にある。仮にロシアがウクライナで戦術核の限定使用に踏み切ったとしてもNATOは通常戦力で相応の報復が可能であるが(それゆえロシアが核の限定使用を決断することは極めて困難である)、通常戦力で局地的に優位に立とうとする中国に対し、このスタンスは成立しない。

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カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
後瀉桂太郎(うしろがたけいたろう) 海上自衛隊幹部学校 主任研究開発官 1等海佐。 練習艦隊司令部、護衛艦みねゆき航海長、護衛艦あたご航海長、海上自衛隊幹部学校研究部員、防衛省海上幕僚監部防衛課勤務(内閣府 総合海洋政策推進事務局出向)、統合幕僚学校主任研究官などを経て2023年3月より現職。 1997年防衛大学校国際関係学科卒業、2017年政策研究大学院大学 安全保障・国際問題プログラム博士課程修了、博士(国際関係論)。2018年オーストラリア海軍シーパワーセンター/ニューサウスウェールズ大学キャンベラ校客員研究員。著書に『海洋戦略論 大国は海でどのように戦うのか』(勁草書房、2019年)がある。
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