はじめに
2025年夏、米国トランプ政権は、首都ワシントンD.C.やロサンゼルスの治安対策として、州兵(National Guard)を投入した。このため、米国では、大統領権限の行使と地方自治の関係を巡り、議論が盛り上がっている。とりわけロサンゼルスでの派遣については、サンフランシスコ連邦地裁がポッセ・コミタタス法(軍による国内法執行の禁止)違反と判示し、州と連邦の権限関係や軍事力の政治利用をめぐる問題が一層浮き彫りになった。
米国の同盟国である日本では、米軍基地があり、米軍すなわち連邦軍(United States Armed Forces)は日本人にも身近な存在である。しかし、米国本土には州兵という、もう一つの軍事組織が存在する。州兵は、国内の災害派遣、治安維持、時には海外派遣の任務を負っている。連邦軍が「国の軍」であれば、州兵は「市民の軍」と例えられる。
州兵は、20世紀の第一次世界大戦、第二次世界大戦、朝鮮戦争、湾岸戦争、21世紀に入ってからの対テロ戦争においても、大きな役割を果たしてきた。本稿は、州兵という米国独自の制度を整理し、米国社会を理解する一助とすることを目的としている。
州兵の歴史:連邦軍より古い最古の部隊
州兵は、米国の歴史が生んだ、独特の制度である。州兵の起源は、植民地時代の民兵にさかのぼる。独立戦争や南北戦争において、各州の住民が組織した軍事組織が大きな役割を果たした。では、陸軍州兵(Army National Guard)と空軍州兵(Air National Guard)それぞれの歴史を見てみたい。ちなみに、海軍・海兵隊には、州兵は存在しない。
陸軍州兵の始まりは、1636年12月13日、マサチューセッツ湾植民地議会が既存の民兵を三つの常設連隊に再編したことにさかのぼる。この日が「陸軍州兵の誕生日」とされ、米軍全体における最古の部隊の出発点となった。
さらに1903年の民兵法(ディック法)、1916年の国家防衛法を経て、陸軍州兵は州と連邦の双方に責任を負う組織として制度的に確立されていった。つまり、州兵は連邦軍の一部として位置付けられている。この背景として、1898年の米西戦争で、派遣された民兵と連邦軍の連携が不十分であったという反省があった。ちなみに、連邦軍としての米国陸軍の成立は対英独立戦争下の 1775年6月14日である。
空軍州兵の始まりは第二次世界大戦後の1947年9月18日である。国家安全保障法によって米空軍が陸軍から独立したこの日に、空軍州兵は空軍の予備構成部隊として制度的に発足した。州兵には第一次世界大戦前から活動する航空部隊が存在し、1921年以降、州兵の航空部隊は陸軍航空隊に編入された。第二次世界大戦では陸軍航空軍の一翼を担っていた。
連邦軍との共通点と相違点:忠誠の対象と動員の権限
連邦軍と州兵は、いずれも入隊や任官の際に合衆国憲法への忠誠を誓う点で共通している。しかし、その指揮系統と運用形態には明確な相違がある。連邦軍は常に大統領と国防総省の指揮下に置かれ、国外での戦闘や国防を中心任務とするのに対し、州兵は平時には州知事の指揮下で災害救助や治安維持といった地域任務に従事し、大統領が連邦化(federalization)を命じた場合にのみ国防総省の統制下で海外派遣や国家防衛に投入される。
連邦化とは、州兵が国防総省を通じて大統領の指揮を受けることである。分かりやすく表現すると、大統領が与える任務を遂行するのである。このため、州兵は「州」と「国」の二重責任を担う市民兵として、地域と国家の双方を結ぶ独自の存在となっている。これまでの戦争で州兵が海外に派遣されてきたのも、大統領による連邦化による。
州兵が連邦化されるのは、大統領が合衆国法に基づき、①戦争や国家非常事態で正規軍の補強が必要なとき、②反乱や暴動で州単独の対応が困難なとき、③連邦法の執行や国境警備など全国的任務が求められるとき、の三つが代表的な条件である。この場合、州兵は州知事の指揮を離れ、大統領と国防総省の統制下に入る。
したがって、連邦軍と州兵は、忠誠の対象そのものは共通して合衆国憲法であるが、「誰の命令に従い、どの場で憲法を守るのか」という点で両者は大きく異なる。この二重性こそが州兵制度の独自性を形作っている。言い換えると、州兵に関する、いわば二重の指揮系統が、政軍関係を複雑にさせている。
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