ウクライナが「ドネツク州からの撤退」「緩衝地帯の設置」を拒否する軍事的合理性
交渉による停戦の見込みは低い
8月15日、アラスカで開催されたドナルド・トランプ大統領とウラジミール・プーチン大統領の米露首脳会談が、ロシア・ウクライナ戦争を和平に導けなかったことは明らかである。おそらく米国に和平に向けた実効性ある調停を望むことは、もはや期待できないだろう。この8カ月間、戦争目的を全く変化させず終始一貫しているプーチン氏に対し、トランプ氏が停戦交渉のたびに譲歩を繰り返すという茶番劇が続いてきたと言えよう。
今回改めて、そしてこれまで何度も確認されてきたことは、プーチン氏の戦争目的は明確であり、それが解決されない限りこの戦争を止める気はないということである。その目的とは「根本原因の除去」、すなわち「ウクライナの中立化(NATO非加盟)」「ウクライナの非軍事化」「ウクライナの非ナチ化(民族派、親欧米派の排除)」である。このことは、セルゲイ・ラブロフ外相も、8月24日の米NBCのインタビューにおいて「どのような戦争の終結も『根本原因』の排除に向けられるべきだ」と明確に伝えている。
唯一、和平に向かう方法があるとすれば、それはロシアが人的、物的、経済的にこれ以上戦えない状況に陥ることであろう。しかし、その兆候はまだ見えてこない。現在戦場ではロシアが人員と装備において大幅な数的優位性を維持している。ロシア軍は8月には1日平均938人の死傷者(ウクライナ参謀本部)を出しながらも、東部ドンバス地域の戦場では、少しずつであるがウクライナの土地を侵略している。
一方で経済的には、戦争支出が急増する中、ロシアの財政赤字は拡大している。オックスフォード・エコノミクスの新興市場担当主任エコノミスト、タチアナ・オルロワ氏は、今年のロシアのGDP(国内総生産)成長率について、2024年の4.3%からわずか1.2%に急減速すると指摘した。さらに2026年と2027年には1%を下回るとオルロワ氏は予想し、エコノミストのアンダース・オースルンド氏は「ロシア経済は戦争遂行を妨げる財政危機に急速に近づいている」と述べた(FORTUNE 8月23日)。
ロシア産石油の多くを購入するインドに25%の懲罰的関税を課すことにより、石油取引の収益性を低下させるとのトランプ氏の思惑が奏功すれば、さらにロシア経済の減速が可能となる。だが、インドが抵抗している現状においてはあまり期待できない。当面、和平合意はこれまで同様、とらえどころのない状況が続くと見た方がいい。
ドネツク州より後方には防御に適した地形がない
和平交渉に出口が見えない中、ロシアは前線において攻撃を続けている。その焦点となっているのがドネツク州である。ロシアは同州での集中攻勢に18カ月近くを費やしているが、まだ全てを占領できていない。ウクライナ東部ドンバス地方(ルハンシク州、ドネツク州)のウクライナからの解放を理由に、ロシアは侵攻を開始した。ルハンシク州はすでにほとんどがロシアに占領されているが、ドネツク州の約23%がウクライナの支配下に残っている。攻撃を開始した2022年には両州を共和国として独立を認めた上、その後は法改正によりロシア領土と規定したため、どうしても占領しなければならない政治的必要性がある。
軍事的には、この地域はウクライナの防衛にとって極めて重要である。クリミア半島を併合した2014年以来、ドネツク州の要塞都市スロビャンスクとクラマトルスクがウクライナの軍事拠点として機能してきた。その後方地域には、ロシアの侵攻を有効に阻止する地形がなく、防御陣地も保有していない。
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