ウクライナ讃歌
ウクライナ讃歌 (21)

第4部 ヴィクトリヤの軌跡(5) ブラックホール

執筆者:国末憲人 2025年9月28日
エリア: ヨーロッパ
ヴィクトリヤとロシアに拘束されたウクライナ人ジャーナリストを象徴する棺を並べて抗議を行うNGO「国境なき記者団」[2025年2月20日、フランス・パリ](C)AFP=時事
「タガンログ第2刑務所」は全面侵攻初期の激戦、マリウポリ攻防戦の捕虜が多数収容されたことで知られている。2024年初め、虐待された収容者が“姿を消す”ことから「ブラックホール」とも呼ばれるこの施設にヴィクトリヤは移送された。同室だったという元捕虜のウクライナ人女性は、拷問を受け衰弱しながらもハンストを行っていたヴィクトリヤの様子を証言する。ここで彼女が最後に確認されたのは、死亡日の11日前にあたる2024年9月8日。だが、タガンログ第2刑務所はヴィクトリヤの収容自体を認めていない。

 

 ヴィクトリヤ・ロシナ(1996-2024)が収容されたロシア・ロストフ州管轄下の公判前拘置所「SIZO-2」、一般的に「タガンログ第2刑務所」と呼ばれる施設は、劣悪な環境と暴力的な運営で悪名高い。収容者が行方不明になることから「ブラックホール」と呼ぶメディアもある1

 刑務所は、ロシア・ウクライナ国境から50キロほどロシア側に入ったアゾフ海沿岸の街タガンログに位置している。ロシア南西部の中心都市ロストフからは70キロほどの距離である。人口約25万人で、作家アントン・チェーホフの出身地として知られる。

 刑務所はもともと、19世紀初頭につくられた未成年者用の収容施設だったが、2022年のロシア軍によるウクライナ全面侵攻以後、ウクライナ兵捕虜に対する施設として使われるようになった。特に、国境を挟んでウクライナ側に位置する都市マリウポリの防御に携わった通称「アゾフ連隊」のウクライナ兵が多数収容された。

※筆者作成 拡大画像表示

タガンログ第2刑務所の恐怖

 調査報道専門ニュースサイト『スリドストヴォ・インフォ(調査情報)』の記者ヤニナ・コルニイェンコ(29)は、ヴィクトリヤがここに収容される以前の2022年、この刑務所に入れられていた元ウクライナ軍の女性海兵隊員インハ・チェキンダにインタビューをした2

 チェキンダは妹とともに2022年2月からのマリウポリ攻防戦に参加し、2人とも捕虜になった。2人は当初、占領下のドネツク州オレニウカの施設に収容された後、4月19日にタガンログ第2刑務所に移送された。

 最初の2日間は検査を受け、からかわれる程度だったが、3日目に上官の男が彼女の髪の毛をつかんで監房から引きずり出し、腕をねじったり耳をたたいたりの暴行をした。彼女を事務所に連れて行って言った。

「私のコードネームは『死』だ。私の顔を思い出しながら残りの人生を過ごせ」

カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
国末憲人(くにすえのりと) 東京大学先端科学技術研究センター特任教授、本誌特別編集委員 1963年岡山県生まれ。85年大阪大学卒業。87年パリ第2大学新聞研究所を中退し朝日新聞社に入社。パリ支局長、論説委員、GLOBE編集長、朝日新聞ヨーロッパ総局長などを歴任した。2024年1月より現職。著書に『ロシア・ウクライナ戦争 近景と遠景』(岩波書店)、『ポピュリズム化する世界』(プレジデント社)、『自爆テロリストの正体』『サルコジ』『ミシュラン 三つ星と世界戦略』(いずれも新潮社)、『イラク戦争の深淵』『ポピュリズムに蝕まれるフランス』『巨大「実験国家」EUは生き残れるのか?』(いずれも草思社)、『ユネスコ「無形文化遺産」』(平凡社)、『テロリストの誕生 イスラム過激派テロの虚像と実像』(草思社)など多数。
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