ガザ和平計画の20項目を点検する(下):非アラブ・イスラム圏による「国際安定化部隊」は実現するか

執筆者:篠田英朗 2025年11月11日
エリア: 中東
アラブ諸国だけでISFを形成するのは、現実には極めて困難だ[ガザ和平サミットで記念撮影に臨む(前列、左2人目から)トルコのエルドアン大統領、エジプトのシシ大統領、米国のトランプ大統領、カタールのタミム首長、ヨルダンのアブドラ国王ら=2025年10月13日、エジプト/シャルム・エル・シェイク](C)
計画が謳う「希望者は自由に出国・帰還できる」仕組みが本当に導入されれば、ガザの将来に極めて大きな意味を持つだろう。そして、イスラエル軍撤退後の「力の空白」を誰が埋めるか。ガザに強い関心を持ち、かつ政治的利害関係の薄いインドネシアやマレーシアといった非アラブ・イスラム圏の有力国が、長期的な内部治安維持を担う「国際安定化部隊(ISF)」の担い手として重要な役割を担いうる。

ガザの経済開発:希望者は自由に出国・帰還できる?

 ガザのリゾート地化のアイディアを披露して批判を招いたことがあるトランプ大統領は、ガザの経済開発に多大な関心を持っているようである。「20項目和平計画」の文脈で言えば、経済開発は、ガザの人々を和平に向けた努力に進ませていくための動機づけとして期待されている。

10.トランプの経済開発計画に基づき、中東で現代的な繁栄都市を生み出してきた専門家を集めてガザ復興を推進する。国際機関が提示してきた投資・開発案も検討され、安全保障と統治の枠組みを融合させて雇用・機会・将来への希望を生み出す投資を誘致する。
11.特別経済区を設置し、参加国との間で特恵関税やアクセス条件を交渉する。

 ガザの経済開発が、論争を招く話題であるのは、望ましい政治的解決の道筋をないがしろにする態度が感じられるからだけではない。経済開発によってもたらされる利益を、アメリカやイスラエルなどのパレスチナ人以外の外国勢力だけが享受する仕組みになるのではないか、とも懸念されている。そして、イスラエルだけでなく、アメリカのトランプ政権も、ガザのパレスチナ人たちをガザから追い出そうとしているのではないか、という疑いを、かなり広い層の人々が抱いている。隣国のエジプトどころか、ソマリランドにパレスチナ人を送り込むための画策まで進められている、といった憶測まで流れた。そこで「20項目和平計画」は、疑念を払拭するために、次のように明記した。

12.誰もガザから強制的に退去させられず、希望者は自由に出国・帰還できる。人々が留まり、より良いガザを築く機会を持てるよう奨励する。

 今回の戦争で、数万単位の人々の命が失われたと考えられている。しかしそれにしても、ガザには、もともと200万人の人口が存在していた。全員を、他の場所に移転させるといったアイディアは、簡単に実現できるようなものではない。受け入れ先が見つかるか否かという話も、少なくとも200万人を対象にしたレベルの話ではないだろう。ガザに居住するパレスチナ人たちの協力は、いかなる和平計画の実現にとっても、決定的な意味を持つ。

 むしろ今回の「20項目和平計画」に、「希望者は自由に出国・帰還できる」という文言が入ったことは、注目に値する。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
篠田英朗(しのだひであき) 東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授。1968年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大学大学院政治学研究科修士課程、ロンドン大学(LSE)国際関係学部博士課程修了。国際関係学博士(Ph.D.)。国際政治学、平和構築論が専門。学生時代より難民救援活動に従事し、クルド難民(イラン)、ソマリア難民(ジブチ)への緊急援助のための短期ボランティアとして派遣された経験を持つ。日本政府から派遣されて、国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)で投票所責任者として勤務。現在も調査等の目的で世界各地を飛び回る。ロンドン大学およびキール大学非常勤講師、広島大学平和科学研究センター助手、助教授、准教授を経て、2013年から現職。2007年より2024年まで外務省委託「平和構築人材育成事業」/「平和構築・開発におけるグローバル人材育成事業」を、実施団体責任者として指揮。著書に『平和構築と法の支配』(創文社、大佛次郎論壇賞受賞)、『「国家主権」という思想』(勁草書房、サントリー学芸賞受賞)、『集団的自衛権の思想史―憲法九条と日米安保』(風行社、読売・吉野作造賞受賞)、『平和構築入門』、『ほんとうの憲法』(いずれもちくま新書)、『憲法学の病』(新潮新書)、『パートナーシップ国際平和活動』(勁草書房)など、日本語・英語で多数。
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