高市発言「撤回」は習近平政権にとって「チャンス」でしかない(下)

執筆者:城山英巳 2025年11月28日
エリア: アジア
中国政府が突然に激高しはじめる背景には、必ず最高指導者の介入がある[日中外務省局長協議の終了後、金井正彰アジア大洋州局長を見送る劉勁松アジア局長=2025年11月18日、中国・北京](C)AFP=時事
中国外交は「戦略的」とされるが、それは何かが起こった後にトップダウンで仕組まれる「事後型」の戦略だ。習近平にとって「高市発言」は降って湧いたチャンスにほかならない。発言の撤回あるいは大幅修正に踏み込めば、それを逆手に取った国際宣伝戦が展開される。自民党内の一部で浮上した薛剣大阪総領事の国外退去は、日本の在中総領事などへの同様の報復に発展し、事態を悪化させる可能性が高い。

 

相乗効果を高める「7つの対日威圧」

 習近平の指示が遅れたのはなぜか。習近平は11月5日、海南省三亜で、3隻目となる空母「福建」就役記念式典に出席。そのまま同省と広東省を視察し、9日夜には同省広州市での全国運動会開幕式に出席した。北京で公務を再開したのは、スペインのフェリペ6世と会談した12日午前からである。中国外交部報道官の発言推移を観察すると、12日夜から13日午前に習近平は王毅ら外交責任者から「高市発言」に関する詳細な報告を受け、「奉示召見」を指示した可能性が高い。

 韓国で会談したにもかかわらず、「核心利益中の核心」である台湾問題で、高市から2度も顔に泥を塗られた形となった習近平の怒りは想像に難くない。もはや一人体制となった習近平への忖度がまかり通る官僚システムのなか、各省庁・機関は、競うように対日報復措置に乗り出すのは当然の流れである。

「戦狼外交」というのは、習近平による強硬外交の代名詞になっているが、2012年11月に習近平体制が発足して以降、ここまで日中政治関係が緊張したのは今回が初めてではないか。胡錦濤前政権時代の2000年代には小泉純一郎首相の靖国神社参拝、2010年9月に尖閣諸島沖で中国漁船が海上保安庁巡視船に衝突した事件、2012年9月には尖閣諸島の国有化があった。習近平政権下の13年12月、安倍晋三首相は靖国神社に参拝したが、今回のほうが中国側の反発は激しい。

 これらの事案と比較して今回の「高市発言」問題に対する中国側のリアクションはどうとらえるべきだろうか。

 筆者の見立てでは、中国共産党が繰り出す対日対抗措置としては、「外交的威圧」「宣伝的威圧」「経済的威圧」「心理的威圧」「政治的威圧」「軍事的威圧」「国民的威圧」という7つが考えられる。それぞれの「威圧」を、密接に絡み合わせることで相乗効果を高めようとしている。

中国政府は「高市打倒」にシフトチェンジ

 まず「外交的威圧」と「宣伝的威圧」は通常、同時に行われる。特に外交部の報道官らが強圧的言論で威圧する「戦狼外交」においては特にその傾向が顕著である。戦狼外交の本質は外交政策や交渉ではなく、言説による威圧だからだ。

「高市発言」について言えば、『人民日報』の論評欄のうち、反中的な対外勢力に警鐘を鳴らすことを目的とする「鐘声」の初回掲載は、習近平が介入した直後の11月14日である。以降、17日、19日、22日、26日、27日に連続して掲載され、日本批判というよりも、次第に高市首相への個人攻撃の色彩を濃くしている。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
城山英巳(しろやまひでみ) 北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院教授。1969年生まれ。慶應義塾大学文学部卒業後、時事通信社に入社。中国総局(北京)特派員として中国での現地取材は十年に及ぶ。2020年に早稲田大学大学院社会科学研究科博士後期課程修了、博士(社会科学)。2010年に『中国共産党「天皇工作」秘録』(文春新書)でアジア・太平洋賞特別賞、2014年に中国外交文書を使った戦後日中関係に関する調査報道のスクープでボーン・上田記念国際記者賞を受賞。著書に『中国臓器市場』(新潮社)、『中国 消し去られた記録』(白水社)、『マオとミカド』(同)、『天安門ファイル-極秘記録から読み解く日本外交の「失敗」』(中央公論新社)、『日中百年戦争』(文春新書)などがある。
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