インドネシア「プラボウォ政権」発足1年、やはり進む権威主義化の現実

執筆者:川村晃一 2025年12月1日
エリア: アジア
支持率は高いレベルを保っている[インドネシア中央銀行の年次総会に到着したプラボウォ大統領(中央)=2025年11月28日、インドネシア・ジャカルタ](C)AFP=時事
8月末の暴動は沈静化、経済も安定しており、プラボウォ政権は無難に政権発足1年を越えたように見える。だが、この1年で議会の形骸化は進み、数々の再分配政策が大統領の一声で加速する構図が定着した。軍の役割は国防以外の分野に拡大し、ガバナンスに問題を抱える政府系投資会社が立ち上げられ、中央銀行の独立性は損なわれつつある。9月の財務相交代は、経済運営が「バラマキ」に一層傾斜して行く契機となりうる。

 

評価の難しいプラボウォ政権の1年目

 「1年目のプラボウォ政権に成績をつけるとしたら何点ですか?」。インドネシアのプラボウォ・スビアント大統領が就任から1年を迎える2025年10月20日を前に、筆者がしばしば受けた質問である。筆者はこの質問を受ける度に、いつも答えに窮していた。

 この1年間のプラボウォ政権に対して評価を下すのは非常に難しい。政局はおおむね安定している。2024年の大統領選で公約として掲げた政策も進められている。経済も、2025年第1四半期にはGDP(国内総生産)成長率が4.87%と減速傾向が強まったかに見えたが、第2四半期は5.12%、第3四半期は5.04%となんとか持ち直している。政府は、経済刺激策を2月、5月、9月と発表し、目標の年5%成長を達成しようと必死である。プラボウォ大統領は多方面で積極的な外交を展開し、国際社会におけるインドネシアの存在感を高めている。

 ただし、表向きは無難な政権運営を行ってきた一方で、8月末に国会批判デモが暴動に発展したように、政治に対する不満や社会における歪みはマグマのように地下に蓄積している(2025年9月24日付拙稿参照)。専門家や市民社会運動家らの間では、プラボウォの政権運営や経済政策、外交政策に対する批判も強い。

 プラボウォ政権の1年目は、はっきりとした成果があるわけではないが、明確な失政もない。どの側面をフォーカスするかによって政権の評価は変わってくる。筆者が成績をつけるのに困ってしまうのは、そういう理由からである。

 ここでは、あらためてプラボウォ政権の1年間を振り返り、その政策を点検してみる。

大統領は成果を強調

 プラボウォ大統領は、10月20日にすべての正副大臣、大臣級高官、大統領顧問などを招集して閣議を開催した。そこでプラボウォは1時間半にわたって演説を行い、閣僚らの働きに感謝するとともに、1年間の政権の成果について演説を行った。

 冒頭でプラボウォが強調したのは、マクロ経済の安定である。GDP成長率5%、インフレ率2%、財政赤字のGDP比3%未満といった成績は、いずれも主要20カ国・地域(G20)の中で最も良好な数字であり、株価指数の8000ポイント超え、貧困率8.47%、失業率4.76%という数値も過去最もいい結果だということが強調された。

 そのうえで、プラボウォが最も長い時間をかけて言及したのが、政権が「最優先プログラム」として進めている再分配政策である(2024年11月26日付拙稿参照)。そのなかでも最大の目玉政策として2025年1月に開始された「無料栄養食プログラム」は、幼稚園から高校生までの生徒、妊産婦・幼児ら8290万人の対象者のうち、すでに3670万人に昼食が提供されているという。この他、無料健康診断プログラム、低所得者層の子女向け「国民学校」の設置、学校施設の改修、先進的教育を行うエリート校の設置など、保健・教育分野での成果が多く強調された。村落開発や中小企業振興としては、中小企業・小農・漁業民向けの債務帳消しや、全国8万1613カ村での「紅白村落協同組合」の設置などが演説では触れられた(「紅白」はインドネシア国旗を表し、ナショナリズムを象徴する言葉である)。こうした再分配政策に関する言及は、演説の半分にあたる45分に及んだ。

 次に言及された時間が長かったのは、国防・安全保障や外交に関連した成果である。演説の中で触れられたのは、「開発領域部隊」の新設、ジャワ北岸の大規模堤防建設計画、米国以外の市場開拓を目的としたヨーロッパ連合(EU)やカナダなどとの経済連携協定の締結、11年ぶりにインドネシアの大統領として行った国連総会での演説などであった。ただし、プラボウォの得意とするこの分野に関する言及でさえわずか6分半ほどであった。その他の雇用政策や成長政策、食料安全保障政策、汚職対策に関する演説にいたっては、わずか2〜4分ほどだった。

 メディアも入って生中継されたこの演説は、国民へのアピールという側面があることから、政策実施上の課題や政府に対する批判などが取り上げられることはなかった。8月下旬に全国の都市で発生した大規模なデモと暴動についても(2025年9月24日付拙稿参照)、一言も触れられなかった。演説の様子を見るかぎり、プラボウォ自身は、政治経済の安定した運営と、得意の外交での成果に対して自信を持っているように思われる。

「無料栄養食プログラム」では食中毒が頻発

 プラボウォが「成果が上がっている」と胸を張った1年目の政権運営は、本当にうまくいったのだろうか。

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カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
川村晃一(かわむらこういち) 独立行政法人日本貿易振興機構アジア経済研究所 海外調査員(インドネシア・ジャカルタ)。1970年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒、ジョージ・ワシントン大学大学院国際関係学研究科修了。1996年アジア経済研究所入所。2002年から04年までインドネシア国立ガジャマダ大学アジア太平洋研究センター客員研究員。2024年からインドネシア国家研究イノベーション庁(BRIN)客員研究員。主な著作に、『教養の東南アジア現代史』(ミネルヴァ書房、共編著)、『2019年インドネシアの選挙-深まる社会の分断とジョコウィの再選』(アジア経済研究所、編著)、『新興民主主義大国インドネシア-ユドヨノ政権の10年とジョコウィ大統領の誕生』(アジア経済研究所、編著)などがある。
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