ジャカルタ「国会批判デモ」が「暴動」に転じた発火点の力学

執筆者:川村晃一 2025年9月24日
タグ: インドネシア
エリア: アジア
21歳のオンライン配車バイクタクシー運転手の死が、人々の怒りに火をつけた[国会前で警察と衝突するデモ参加者=2025年8月28日、インドネシア・ジャカルタ](C)EPA=時事
インドネシア国会議員の手取りは、国内で最も高いジャカルタ州最低賃金の50倍以上になるという。その格差の背景には、ギグワーカーなどのインフォーマル・セクターで働く人々が増えて中間層の比率が下がっていること、そして野党不在の国会に象徴される「エリートのための国家運営」が根深い問題として横たわる。今回のデモではあからさまなプラボウォ批判は避けられていたが、市民の不満や社会の歪みが放置されれば、批判の矛先は容易に政権へと向かうだろう。

 

ジャカルタ中心部の雰囲気が一変

 8月30日土曜日、ジャカルタ中心部を南北に走る主要道路スディルマン通りは、交通量は少なめだったが、週末の穏やかな雰囲気に変わりはないようにみえた。私は、地下鉄MRT(大量高速鉄道)のベンドゥンガン・ヒリル駅で下車し、そのスディルマン通りを南に向かって歩き始めた。すぐにスディルマン通りとガトット・スブロト通りが交差するスマンギ・ジャンクションにさしかかる。ガトット・スブロト通りも、両側6車線の一般道がスカルノ・ハッタ国際空港に通じる高速道路6車線を真ん中に挟む主要道路で、平日や週末の夕方などにはこのジャンクションでいつも渋滞が発生する。しかしこの日は、ガトット・スブロト通りも交通量が少なめであった。

 そのスマンギ・ジャンクション周辺から雰囲気は一変した。道路の壁は警察や国会を批判する落書きや貼り紙で埋め尽くされている。交通標識が根本から引き抜かれている。交通警察の詰所は焼き払われ、割られた窓ガラスが周辺に散乱している。

焼き払われた交通警察の詰所(2025年8月30日、筆者撮影)

 ジャンクションを過ぎると、スディルマン通りの東側に面してジャカルタ州警察本部がある。その正面にあるBRT(バス高速輸送システム)トランス・ジャカルタの大きなバス停は完全に焼け落ちていた。火は消し止められていたがまだ煙があがっており、周囲にはツンと鼻をつく異臭が漂っていた。警察がデモ隊に向けて放った催涙ガスの臭いだろうか。

焼け落ちたバス停(2025年8月30日、筆者撮影) 

 その先にはMRTイストラ駅の出入口がある。2019年に開業したばかりの地下鉄の出入口は、ガラスが多用され明るく現代的なデザインなのだが、ほぼすべてのガラスが叩き割られ、シャッターの柵も折り曲げられていた。そこから先、スディルマン通りの南端にあたるスナヤンまで、BRTのバス停も一般のバス停も被害を受けていないところはなかった。ガトット・スブロト通りの高速道路入口料金所も破壊されていた。道路上には燃えかすやゴミが散乱し、州政府の清掃職員が後片付けにあたっていた。

破壊された地下鉄の出入口(2025年8月30日、筆者撮影)

 こうした惨状は、前日8月29日金曜日の夜、学生や労働者によって組織された大衆デモが暴徒化して引き起こされたものである。なぜデモは暴動に発展したのだろうか。そもそもデモは何を批判していたのだろうか。

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カテゴリ: 政治 社会
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執筆者プロフィール
川村晃一(かわむらこういち) 独立行政法人日本貿易振興機構アジア経済研究所 海外調査員(インドネシア・ジャカルタ)。1970年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒、ジョージ・ワシントン大学大学院国際関係学研究科修了。1996年アジア経済研究所入所。2002年から04年までインドネシア国立ガジャマダ大学アジア太平洋研究センター客員研究員。2024年からインドネシア国家研究イノベーション庁(BRIN)客員研究員。主な著作に、『教養の東南アジア現代史』(ミネルヴァ書房、共編著)、『2019年インドネシアの選挙-深まる社会の分断とジョコウィの再選』(アジア経済研究所、編著)、『新興民主主義大国インドネシア-ユドヨノ政権の10年とジョコウィ大統領の誕生』(アジア経済研究所、編著)などがある。
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