メルケルへの逆風――前門の欧州危機、後門の「海賊」

執筆者:佐藤伸行 2012年5月22日
エリア: ヨーロッパ

 メルケル・ドイツ首相に対する逆風が強まってきた。ギリシャ危機は以前よりも危険度を増して再び襲来、それに煽られるように国政レベルのメルケル与党・キリスト教民主同盟(CDU)はドイツ最大の経済力を誇る西部ノルトラインウェストファーレン州(NRW州)議会選(5月13日)で歴史的大敗を喫した。メルケルが3選を狙う来年秋の総選挙までまだ1年4カ月あるが、NRW州議会選惨敗の余燼の中、党内からもメルケル批判が噴出しており、磐石に見えていた足元は動揺を引き起こしつつある。

蒸し返される「冷たさ」

風当たりが強まるメルケル独首相 (C)AFP=時事
風当たりが強まるメルケル独首相 (C)AFP=時事

「冷酷な人事だった」――。メルケルはNRW州議会選惨敗の責任を問い、CDUの州首相候補だったノルベルト・レトゲン連邦環境相を解任する厳しい処分を断行したが、こうしたメルケルの武断人事には党内からも批判が沸き起こった。国政では野党の社会民主党(SPD)の幹部は「メルケルの恐怖支配体質を物語っている」と、レトゲン環境相解任を攻撃材料に使い始めた。  メルケルといえば、政治的師父である元首相ヘルムート・コールに反旗を翻して追い落としに成功した10年以上前のエピソードが繰り返しあげつらわれ、その「政治的計算優先の冷たさ」は語り草になっている。環境相解任がそうしたメルケルのイメージをさらに拡散させたことは間違いない。  欧州債務危機の処方箋として緊縮財政路線を唱道したメルケルは欧州庶民の嫌われ者になってしまった感がある。総選挙のやり直しが決まったギリシャでは、ナチス総統ヒトラーに見立てたメルケル攻撃がすっかり日常茶飯事になっているが、最近、ギリシャ政府報道官は「メルケル首相がユーロ圏残留の是非を問う国民投票実施を提案した」と発表。「ギリシャを属国と見て命令するのか」といった激しい反発がギリシャ政界から吹き出てもいる。フランス大統領選でのオランド氏勝利も、裏を返せばサルコジ氏とともに緊縮財政路線を推進したメルケルへの強烈な批判にほかならなかった。

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執筆者プロフィール
佐藤伸行(さとうのぶゆき) 追手門学院大学経済学部教授。1960年山形県生れ。85年早稲田大学卒業後、時事通信社入社。90年代はハンブルク支局、ベルリン支局でドイツ統一プロセスとその後のドイツ情勢をカバー。98年から2003年までウィーン支局で旧ユーゴスラビア民族紛争など東欧問題を取材した。06年から09年までワシントン支局勤務を経て編集委員を務め退職。15年より現職。著書に『世界最強の女帝 メルケルの謎』(文春新書)。
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