与党圧勝の立役者「インドのオバマ」ラフル・ガンジーの実力

[ニューデリー発]今般の総選挙はだれも予想しなかった国民会議派の圧勝に終わり、約二十年ぶりに最大政党が二百を超える議席を獲得した。だからこそ選挙後は、会議派圧勝の要因を分析する記事が後を絶たない。そして、その大部分が会議派の幹事長ラフル・ガンジーを「縁の下の力持ち」として指摘している。
 それは会議派が勢力をほとんど失ったインドの二大州、ウッタルプラデシュ(UP)州とビハール州において、今まで振り回されてきた地方政党と組まずに自力で選挙に臨むことや、若手の候補者を大幅に増やすことを、ラフルが決めたからだ。この決定は選挙前には批評家に「自滅的」と言われたが、今や会議派の成功の二大要因と評価されている。
 UP州では九議席を二十一議席に伸ばし、ビハール州では四十議席のうち二議席しか獲得できなかったものの、票が割れたことで地方政党を後退させた。
 一方で、ラフルが選んだ有望な若者の多くが当選した。二十八歳という史上最年少の女性議員もいて、大臣にまで就任している。人口の半分以上が三十五歳以下のインドで、政界が老齢の政治家に支配されていることは長年問題視されてきた。あらゆる年代の候補者が均等に機会を得られるようになったことは、ラフルの最大の貢献と言われている。
 ラフルは一九七〇年、ガンジー家の長男としてラジーブとソニアの間に生まれた。祖母インディラ暗殺後は、セキュリティの問題で学校に通えず、家庭教師に教育を受けた。大学は米、英に留学。九九年に帰国し、二〇〇四年に初当選、〇七年から会議派の幹事長を務めている。
 インドの典型的な政治家のイメージというと、雄弁家で、押しが強くて、駆け引きが上手な人である。そういう観点から見ると、シャイで、無口で、でしゃばらないラフルは、まったくの不適任者だ。野党は彼を「ナイーブ」「門外漢」と言って批判してきた。だが、金権、腐敗、犯罪のカオスである政界において、その人柄は「気持ちの良いそよ風」のようで、人気の一因になっている。しかも、彼の最大の魅力は「成功を急いでいない」ことだ。〇四年に会議派が政権を奪還したとき、彼が大臣になってもだれも文句を言わなかったはずである。今回も閣僚になるに違いないと言われたが、議員の宣誓式の直後にメディアに向かって「選挙は来ては去っていくが、私の役目は政党を強化することで、閣僚になるにはまだ経験不足だ」と述べた。シン首相が「政策」、ラフルの母ソニア総裁が「政党内紛の管理」、そしてラフルが「草の根レベルのネットワーク造り」という役割分担は、よく考えられたものだと言える。
 留学経験のあるラフルは、当然ながら都市部の若者の共感を呼ぶが、初等教育に力を入れインドを格差のない経済大国にしようとするスタンスによって、農村の若者のアイドルにもなっている。ラフルは昨年数カ月にわたって(他の政治家のように飛行機や冷房の効いた乗用車ではなく)列車やバスなどを使って農村を回り、ダリットと呼ばれるかつての不可触賎民の家に泊まり、彼らの問題に迫ろうとした。そして、今年一月にはインド訪問中のイギリスのミリバンド外務大臣を田舎の貧農の家に連れて行き、一晩を過ごした。彼の狙いは農村のニーズを把握すると同時に、各地の優秀な人材を会議派の青年部に加入させ、リーダーとして育成することである。
 オバマ米大統領は就任スピーチで「アメリカに変化が訪れた」と述べた。インドの政治を大きく変えようとしているラフルは、いま国内でオバマ大統領とよく比較される。近い将来に首相になると言われているが、本人は自分が「ガンジー」だからそう思われているだけで、自分には他にやらねばならない仕事がたくさんあると言っている。六月に三十九歳になった独身のラフルには時間的にも余裕がある。久しぶりに将来が楽しみな政治家だ。

Prem Motwani●インド・デリー生れ。ネルー大学日本語科大学院修了後、同大学国際研究科で博士号取得。一九八〇年よりネルー大学日本語・日本文学研究科で教職に就き、現在に至る。専門は日本の近代史と日本語学。東京大学社会科学研究所への留学経験、国立国語研究所での対外研究員として日本に滞在した経験がある。著書に『インド人が語る ニューインド最前線!』(時事通信社)、『早わかりインドビジネス』(日刊工業新聞社)など。

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執筆者プロフィール
プレム・モトワニ(PREM MOTWANI)(ぷれむもとわに) 元ジャワハルラール・ネルー大学言語・文学・文化学部日本研究センター教授。1954年生まれ。デリー大卒業後、ネルー大で博士号を取得し、96年、同大教授に。インドでの日本研究・日本語教育の第一人者で、歴代首相など要人の通訳を担当。日本経済も専門で日本型経営をインドに紹介し、2019年の退官後は企業のコンサルティングも手掛ける。20年11月、旭日中綬章受章。著書に『ニューインド最前線』(時事通信社、98年)、『早分かりインドビジネス』(日刊工業新聞社、07年)、『Becoming World Class: Lessons from ‘Made in Japan”』(Bibliophile Publishers、21年)、訳書に『India - The Last Superpower』(平林博元駐印大使著『最後の超大国インド』の英訳。Aleph Book、21年)など。
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