クオ・ヴァディス きみはどこへいくのか?

江戸の人よ、さらば 読者よ、さらば

執筆者:徳岡孝夫 2010年4月号
タグ: 日本

 歌舞伎座が、あと一カ月ほどで「楽」になる。去年ほぼ一年を病床で過した私には、入院前の玉三郎と菊之助の「二人道成寺」が別れの舞台だった。三年がかりで改築される新・歌舞伎座が再び幕を上げるとき、私はもう生きていないのではないか。 老優の中には私と似た思いを抱く人がいるらしい。ここ二年ほどの歌舞伎座の舞台には、常にはない気迫のこもった演技があった。その一つ、三津五郎の「将軍江戸を去る」(一昨年四月)に私は感動した。 十五代将軍徳川慶喜が上野寛永寺の一室で書見している。微風が来て明かりを吹き消すが、端座したまま動かない。ホトトギスの啼く音がする。それは内外から日本を襲う大動乱の中に浮かぶ静寂の一刻である。

カテゴリ: カルチャー
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執筆者プロフィール
徳岡孝夫(とくおかたかお) 1930年大阪府生れ。京都大学文学部卒。毎日新聞社に入り、大阪本社社会部、サンデー毎日、英文毎日記者を務める。ベトナム戦争中には東南アジア特派員。1985年、学芸部編集委員を最後に退社、フリーに。主著に『五衰の人―三島由紀夫私記―』(第10回新潮学芸賞受賞)、『妻の肖像』『「民主主義」を疑え!』。訳書に、A・トフラー『第三の波』、D・キーン『日本文学史』など。86年に菊池寛賞受賞。
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