かつて最大の問題は、人生いかに生きるべきかだった。いま最も大切な問題は、いつ、いかに死ぬべきかになった。
老人の数が、世界のどの国もこれまで一度も経験したことのない速度で増えている日本という国。私の世代も、昔に比べていまの老人は若いと割引いてはみるが、それでも疑う余地ない老境に入った。小学校の同窓会は、もはや週末でなくてもよくなった。重役だった友も引退し、教授は学園を去り、毎日が日曜日だからである。
床に入って目をつむると、昔はあれをこうして、これをああしてと、仕事の手順が雲霞のように浮かんだ。いまは何も思わない。このまま冥界に拉し去られても、もう不足のない齢になった。残る大仕事はただ一つ、死ぬことだけである。
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