「世界華商大会」の変遷にみる中国の「対ASEAN戦略」

執筆者:樋泉克夫 2013年11月6日
エリア: アジア
 神戸で開かれた第9回大会の開会式 (C)時事
神戸で開かれた第9回大会の開会式 (C)時事

 今から1カ月ほど遡るが、9月24日から26日まで、四川省の省都である成都で、101の国と地域から3000人余の華商を集め、第12回世界華商大会(WORLD CHINESE ENTREPRENEURS CONVENTION)が開催された。

 振り返れば、第1回世界華商大会が開かれたのは1991年のシンガポールだった。以後、香港(1993年)、バンコク(1995年)、バンクーバー(1997年)、メルボルン(1999年)、南京(2001年)、クアラルンプール(2003年)、ソウル(2005年)、神戸・大阪(2007年)、マニラ(2009年)、シンガポール(2011年)と、各地の華人社会の中核組織である中華総商会によって2年に1回開催されてきた。もちろん、華人資本と中国資本の取り込みを目指したタイ、カナダ、マレーシア、韓国、フィリピン、シンガポール各国政府も、濃淡の差はあれ大会を支援している。

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執筆者プロフィール
樋泉克夫(ひいずみかつお) 愛知県立大学名誉教授。1947年生れ。香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士課程を経て、外務省専門調査員として在タイ日本大使館勤務(83―85年、88―92年)。98年から愛知県立大学教授を務め、2011年から2017年4月まで愛知大学教授。『「死体」が語る中国文化』(新潮選書)のほか、華僑・華人論、京劇史に関する著書・論文多数。
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