Bookworm (63)

真保裕一『おまえの罪を自白しろ』

評者:香山二三郎(コラムニスト)

2019年6月29日
タグ: 中国 シリア 日本
エリア: アジア

疑惑の官邸と政治家たちが織りなす
誘拐をめぐる虚々実々の駆け引き

しんぽ・ゆういち 1961年東京生まれ。91年『連鎖』で江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。『奪取』で山本周五郎賞受賞。『ホワイトアウト』など著書多数。

 『デパートへ行こう!』から始まる「行こう!」シリーズ以降、お仕事小説系に傾きつつあるようにも思われる真保裕一。本書も政治家の裏表を活写したお仕事ものと読めないでもないが、出だしの1ページで、その「圧倒的なリアリティ」にガツンとやられた。
 物語は寺中勲という男が埼玉15区選出の衆議院議員・宇田清治郎の3歳の孫娘・柚葉を拉致するところから幕を開けるが、その文体が体言止めと現在形の畳みかけ。のっけからシリアス度全開で、いつもとは違うぞと思わせる。本書をジャンルでいえば、やはり徹頭徹尾、誘拐サスペンスということになろう。
 もっとも犯人の寺中はその後終盤まで姿を現さない。事件は直ちに通報され、マスコミに追われる宇田と秘書を務める次男坊の晄司にも知らされる。やがて宇田のウェブサイトに柚葉の縛られた写真が届くが、犯人は匿名化ソフトを使って発信元をたどれないようにする手強い相手だった。地元の戸畑署に捜査本部が設けられるものの、犯人はさらに宇田に要求を突き付けてくる。明日17時までに会見を開き、おまえの罪を自白しろというのだ。
 誘拐小説の読みどころといえば、何といっても身代金の受け渡しだが、本書にはそれがない。犯人は宇田の自白を待つだけ。では、何が面白いのかというと、犯人は罪を自白しろというけれど、何の件を指すのか具体的にはいわない。
 当然ながら、宇田たちは様々な憶測をめぐらすことになる。宇田は柚葉のためなら“自白”も辞さないが、その内容次第では政界に激震が走りかねない。いよいよのときは法務相による指揮権発動に頼れるか官邸にうかがいを立てる宇田と、戦々恐々の派閥の領袖たち。
 ポイントは、宇田が現実の森友学園問題を髣髴させる橋梁建設をめぐるスキャンダルで追及されている身であること。彼の“自白”次第では総理の身も危うくなるのである。
 宇田家の存亡をかけた戦いの鍵を握るのが、父に反発しながら挫折した落ちこぼれの晄司であるところも重要で、秘書として父を支えながら成長を遂げていく彼の姿に目を見張らされること必定。
 政治家たちの虚々実々の駆け引きの顛末に加え、誘拐劇にも衝撃の真相が待ち受けている。いやはや近年の著者はお仕事小説に傾きがちなどといって悪かった。これぞまさしくタイムリミット・サスペンスの鑑(かがみ)、政界小説ファンならずとも必読だ。

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