改めて考える「WHO」は本当に中国の傀儡か

執筆者:鈴木一人 2020年3月17日
タグ: 新型コロナ
エリア: その他
3月11日、「新型コロナウイルス」のパンデミックを宣言したテドロス事務局長。その役目は果たされているのか (C)AFP=時事
 

「新型コロナウイルス」の世界的に感染拡大する中で、その名が世界に知られ、全世界が注目することになった世界保健機関(WHO)。

 国連の専門機関として保健や公衆衛生の分野において国際協力の起点となり、これまでもSARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)、鳥インフルエンザのような国境を越える感染症の対策で役割を果たしてきた。

 このWHOが今回の新型コロナウイルス対策を巡って様々な批判に晒されている。

 その中心にあるのが、WHOと中国の関係だ。

 事務局長であるテドロス・アダノムが中国の支援を受けて選挙で勝てたため(2017年6月5日『「光」も「影」も見えたWHO事務局長選挙』参照)、中国に頭が上がらないといった批判や、中国から多額の資金を得ているために中国におもねっているといった批判が多く見られる。

 これらの批判は必ずしも誤った認識に基づく陰謀論というわけではなく、幾ばくかの真実を含んでいる。

 とは言え、テドロス事務局長が中国の言いなりであるとか、WHOが中国の傀儡であるというのは行き過ぎた批判であり、論理の飛躍がある。この点について少し見ていきたい。

WHOはどんな機関か

 まずはWHOとはどんな機関なのか、何ができるのかを整理しておこう。

 国連専門機関の1つであるWHOは、公衆衛生や保健全般の問題に関わる組織であり、その活動は途上国の衛生状態の向上や人材育成、各国の疾病情報の収集や分析など幅広い。感染症の予防などにも力を注いでいるが、なんといってもその活動に注目が集まるのは、感染症の世界的な拡大などの緊急事態である。

 WHOは緊急事態において、その感染症を認定し、感染リスクの低減とリスクマネジメントを行う。

 エボラ出血熱やコレラなど、現在でもリスクの高い感染症が流行すると、WHOが中心となって対策を練り、国際社会やNGO(非政府組織)との連携を通じて治療戦略を展開し、またそれに対して財政的な資金を提供する(原資は各国からの拠出金)。また、感染症のアウトブレイク時においては、必要な設備やツールを開発し、それらを現地に届ける仕事もしている。

 一言で言えば、WHOは感染症の拡大が起きた際に一番情報が集まる組織であり、それに対するノウハウを蓄積しており、各国やNGOとの協力で迅速に対策を提供できる組織である。そこに集まる専門家はグローバルヘルスのエキスパートと言っていいだろう。

 当然、今回の新型コロナウイルス対策においても中心的な存在であり、各国から入ってくる情報を分析し、それに基づいて専門的な判断をし、必要な支援を各国に提供している。この限りでは、「中国の傀儡」といったニュアンスが入ってくる余地は少ない。

高まる中国の「資金的」存在感

 WHOに限らず、国際機関において中国の存在感は著しく高まっている。その大きな理由は、「アメリカの不在」と「途上国の主体化」である。

 アメリカの不在とは、いうまでもなく、ドナルド・トランプ米大統領が進めている「アメリカ・ファースト」政策の帰結であり、国際協力や国際機関に対する支援に消極的であり、よくても現状維持、悪ければ支援停止や脱退といった姿勢を取っていることだ。

 そうなれば、アメリカの財政的技術的支援に依存してきた国際機関は運営が極めて難しくなっていく。

 国連本部も2019年には資金不足のため光熱費まで節約する状況となり、冬場でも午後6時過ぎには暖房を切り、外交官の意見交換の場であったデリゲート・ラウンジなどの運営時間を制限するなど、爪に火を灯すような運営を強いられている。

 現在のところ、WHOに対する予算はこれまでの水準を維持しているようだが、それでもアメリカの存在感がニューヨークやジュネーブから失われていることは間違いないだろう(WHOの本部はジュネーブにある)。

 そんな中で中国は、アメリカに代わる資金提供者としての存在感を増している。

 国連などの国際機関は義務的拠出金によって運営費を賄うが、それ以外の個別プロジェクトは各国からの拠出金で賄っている。そうした拠出金は各国が自発的に支出するものであり、その額も自由に決めることができる。

 アメリカの存在感が失われる中で、中国が国際協力の名の下に資金を拠出することは、国際機関の運営上極めて重要な役割を果たしており、中国の支援を失うことは、その組織の活動を極めて難しいものにするといえる。

「途上国の総意」という大義名分

 また、途上国の主体化というのはやや聞き慣れないかもしれない。

 これまで国際機関において途上国は、1国1票の権限を持ちながらも、米ソ冷戦期には東西両陣営からの圧力に晒され、冷戦後もアメリカをはじめとする大国の影響を受け続けていた。それでも自らの政策を主張してはいたが、最終的には米露や大国にしたがった投票行動をする傾向にあった。

 しかしグローバル化が進み、途上国における経済発展が進んだことで、一部は「新興国」と呼ばれるほどの存在感を増し、またそうでない国においても、国際社会における主体的な利害の表出を積極的に行うようになった。これまで国際会議で大国が要請すれば協力していた国々が、「アラブの大義」や「資源ナショナリズム」といった理念や大義に基づいて行動するのではなく、自らの利害と論理で行動するようになってきたのだ。

 そうした中で、これまで「途上国の代表」としての役割を自認し、現在でもその立場を形式的に維持している中国は、途上国の総意に基づいて行動しているという大義名分を前面に出し、国際機関の中で存在感を高めているのである。

中国のWHO政策

 こうした中国の存在感の大きさは、WHOにおいても同様である。いや、むしろ大きいといえるかもしれない。

 中国は2002年のSARSの発生地となったが、2003年2月まで感染拡大をWHOに知らせず、それが国境を越えて感染が広がる原因となり、中国は世界から批判される結果となった。

 また、その時にWHOの持つデータベースへのアクセスと、各国の感染状況から得られる情報に基づき、感染症対策を展開することが可能になった。

 WHOは2003年4月に中国政府が方針転換をしたことで現地調査に入ったが、中国国内における情報の不透明性、感染拡大を隠蔽したがる組織体質、様々な規則や手続きなど官僚主義的な壁が立ちはだかり、調査は困難を極めた。

 中国は、これを機に感染症予防や対策に関する情報公開、さらには地方からの医療情報などの流通をよくする措置、加えて国民のSNS上での発言の規制の実質的な緩和などを進めた。

 中でも中国にとって重大だったのは、台湾を巡る問題であった。SARSは世界的に拡大したが、とりわけ被害が大きかったのが香港と台湾であった。

 台湾は北京政府から独立した行政体としては見なされず、国際機関のメンバーやオブザーバーになることも認められていなかった。

 そのため、SARSの被害が拡大する中でもWHOの支援を受けることはできず、独力で対処しなければならなかった。日本をはじめ、各国からの専門家支援などは行われたが、それでも台湾にとって、WHOに入っていないことは大きなハンディキャップであった。

 当時の台湾は民進党政権にあり、中台関係を担当していたのは現在の総統である蔡英文(当時は民進党員ではなく法律の専門家として政府の委員を務めていた)であり、また当時の行政院衛生署(現・衛生福利部=保健省に相当)の署長は、現在の副総統である陳建仁であった。

 中国からの独立を目指す民進党政権であったため、中台関係は困難であったにもかかわらず、SARSの経験から、台湾もWHOに関与する必要性を中国も認め、国民党政権下の2009年にWHOと中国が覚書を交換。これによって台湾は「チャイニーズ・タイペイ」の名前の下、ケース・バイ・ケースで参加することが認められた(ただし蔡英文政権になってから、中国はこの覚書を失効させている)。

 このように、中国はSARS以来、WHOを極めて重要な国際機関として認知されるようになっており、それだけに力を入れてコミットしているといえよう。

 特に、台湾のオブザーバーでの参加を認めたのは大きな政策転換であり、それだけSARSのショックが大きかったことを示している。

なぜWHOは中国の対応を評価したのか

 専門機関であるWHOが「中国の傀儡」などといわれるのは、中国の対応が遅れたにもかかわらず、WHOは中国の対応を高く評価したことに起因すると見られる。

 筆者は先にも紹介した拙稿で、テドロス事務局長が選出されたのは、第1に事務局長選出の過程が密室ではなく総会(World Health Assembly:WHA)で行われたことで、エチオピア出身のテドロスが途上国票を集める外交的スキルを見せたこと、第2に、拠出金の大きい日米英仏独中のうち、中国のみが支持していたが、それが途上国票を集める決定打となったことを挙げた。

 このように、テドロス事務局長は中国に対して「借り」があり、中国に足を向けて寝られない状況だったということも寄与しているといえよう。

 しかし、テドロスは政治家であると同時に、生物学博士として感染症の免疫学の専門家でもある。彼の専門家としての能力は誰も疑っておらず、十分に能力のある人物である。

 また、政治家としてエチオピアの保健大臣と外務大臣を歴任したこともあり、対外的なバランスの取り方や事務局長として加盟国との調整にも長けた人物である。

 そうした文脈において考えると、今回、中国の対応の遅れを批判せず、対応を評価したのは、大拠出国であり、中国からの財政的支援を失いたくないという思いもあったであろうし、また中国の背後にいる途上国との関係を悪化させることも得策ではない、という政治的計算があったことは確かであろう。

 ただ同時に、専門家として未知のウイルスによる感染拡大が懸念される中、過去の対応の遅れを非難するよりも、これからを見て中国の対処を高く評価したことも確かである。

 中国が国家の強権を発動し、武漢をはじめとする都市を封鎖し、外出を抑制したこと、また急ピッチで病院を建設し、急激に増加する患者に対応するなど、通常の国家ではできないようなことをやってのけたことは評価されるべきである。

 そこには、やはりSARSの経験から、感染症の拡大を抑え込むためには市民の行動抑制が必要であり、検査で陽性と出た患者は即刻隔離することが重要だ、ということが中国には染みついていたといえる。

 こうした意識があってもなお、対応が遅れたのは、これもやはり権威主義ならではのことであった。

 昨年12月には感染の報告が上がっていたにもかかわらず、その情報が武漢市、湖北省、北京の間で共有されず、とりわけ1月中旬に湖北省で人民代表大会が行われ、それまでは隠蔽するという政治的な配慮があったことで、事態は悪化した。

 WHOとしては、こうした問題についても介入すべきであろうが、これはあくまでも中国の内政問題であり、国際機関は口を出すことができない問題でもある。ゆえに、テドロス事務局長は中国の対応の遅れを批判することなく、対処を評価するという判断をしたのだと考える。

 そう考えると、専門家としての能力を持ちながら、外交的な配慮ができ、国際機関としてできることは一通りやっている、という評価が妥当であろう。

最後の責任は各国にある

 もちろん現時点でも、欧州やアメリカでの感染拡大は止まっていない。WHOの使命が感染症の拡大を防ぐことであることを考えれば、WHOは失敗しているといえるかもしれない。

 しかし、WHOはあくまでも国際機関であり、加盟国の国内対処に助言することはできても、積極的に介入することはできない。エボラ熱やコレラのように、加盟国のガバナンス能力に限界がある場合は、WHOがNGOと連携して直接介入することもあるが、今回の新型コロナウイルスに関しては、多くの感染拡大国は先進国であり、加盟国が十分対応できる能力を持っている(とはいえ、アメリカでは検査が重文行われていないことから、WHOに検査キットを要請すべきとの声も出ている)。そのため、WHOは情報収集と分析という役割を担っている。

 今後、新型コロナウイルスの感染拡大がアフリカ大陸や南米大陸に広がっていくことで、WHOの役割はより大きくなっていくであろう。

 すでに感染爆発が起こっているイランに対しては、制裁による医薬品の欠如などから、WHOが積極的に介入して専門家を派遣し、検査キットを含む医薬品を供与している。

 こうした役割を担うWHOは、国際機関としての役割をしっかり果たしていると言える。

 テドロス事務局長も外交官として、また専門家としてその任務をきちんと遂行していると言えるだろう。その点を考えると、WHOを「中国の傀儡」と考えるのは、やや短絡的すぎるのである。

 

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執筆者プロフィール
鈴木一人 すずき・かずと 東京大学公共政策大学院教授。1970年生まれ。1995年立命館大学修士課程修了、2000年英国サセックス大学院博士課程修了。筑波大学助教授、北海道大学公共政策大学院教授を経て、2020年より現職。2013年12月から2015年7月まで国連安保理イラン制裁専門家パネルメンバーとして勤務。著書にPolicy Logics and Institutions of European Space Collaboration (Ashgate)、『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2012年サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(日本経済評論社、共編)、『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(岩波書店、編者)などがある。
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