保守イデオローグに変貌した「プーチン」の10年

執筆者:名越健郎 2020年9月14日
カテゴリ: 政治
エリア: ヨーロッパ
 

 月刊の国際政治経済情報誌として1990年3月に誕生した『フォーサイト』は2010年9月にWEB版として生まれ変わり、この9月で10周年を迎えました。

 これを記念し、月刊誌の時代から『フォーサイト』にて各国・地域・テーマの最先端の動きを分析し続けてきた常連筆者10名の方々に、この10年の情勢の変化を簡潔にまとめていただきました。題して「フォーサイトで辿る変遷10年」。平日正午に順次アップロードしていきます(筆者名で50音順)。

 第6回は【ロシア】名越健郎さんです。

 

 ロシアのこの10年は、プーチン政権の国粋主義化に拍車がかかり、西側にとって「ロシアの脅威」が増した10年だった。ウラジーミル・プーチン大統領が20年前に登場した時はプラグマチックな改革派とみられたが、今日、すっかり保守イデオローグとなってしまった。

 それは、プーチン氏本来の体質というより、欧米との相次ぐ対立に突発的な対処を重ねた結果、変貌したとみるべきだろう。米国のロシア専門家、キンバリー・マーチン・バーナード大教授は、

「プーチンが好む柔道やアイスホッケーは、相手の出方に応じて咄嗟に判断する戦術的スポーツ。チェスをしないプーチンは戦略家ではなく、場当たり的決定の多い戦術家だ」

 と分析している。

 この10年にウクライナ介入やシリア参戦など対外拡張があったが、介入は長期戦略に基づくというより、プーチン氏が咄嗟に判断した形だ。ロシアは中東やアフリカにも義勇兵を派遣しており、アフリカの15カ国に駐留するとの報道もある。2016年の米大統領選への干渉もあり、欧米から経済制裁を浴び、国際的孤立が深まった。外交の選択肢が減り、中国一辺倒路線になってしまった。

 プーチン政権の新しい国家イデオロギーは、第2次世界大戦の勝利をプレーアップする古臭い「戦勝神話」であり、5年おきの節目の年に盛大に祝賀した。ロシアにとって、北方領土は「戦利品」であり、そのたびに日露関係が打撃を受けた。

 2010年には、ドミートリ―・メドベージェフ大統領(当時)の国後訪問があり、15年には戦勝式典の中露共催があった。2020年には、領土割譲禁止の憲法改正があり、安倍晋三首相の平和条約交渉もあえなく沈没した。

 一方で、この10年のロシアの経済成長率は年平均1%にとどまった。新興国は高成長の余地があり、BRICS諸国では最も低い。近年は国民の所得減、生活苦が進む。新型コロナ禍で、失業者は800万~1000万人に上るとの予測もある。

 大統領の支持率は6月に59%と就任後最低水準となったが、高度成長を謳歌した前半の10年と違って、政権はもはや国民に経済的インセンティブを与えられない。政治・社会を統制する代わりに、経済的豊かさを与えるとの政権と国民の「暗黙の契約」が崩れてきた。

 極東ハバロフスクで今夏続いた数万人規模の反プーチン・デモ、ベラルーシ大統領選をめぐる反政府勢力のデモは、盤石を誇ったプーチン体制の動揺につながる可能性がある。

 

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執筆者プロフィール
名越健郎 1953年岡山県生れ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社、外信部、バンコク支局、モスクワ支局、ワシントン支局、外信部長を歴任。2011年、同社退社。現在、拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学東アジア調査研究センター特任教授。著書に『クレムリン秘密文書は語る―闇の日ソ関係史』(中公新書)、『独裁者たちへ!!―ひと口レジスタンス459』(講談社)、『ジョークで読む国際政治』(新潮新書)、『独裁者プーチン』(文春新書)、『北方領土はなぜ還ってこないのか』(海竜社)など。
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