深層レポート 日本の政治
深層レポート 日本の政治 (218)

菅首相「河野ワクチン担当相」任命は「禅譲」の試金石

2021年1月28日
タグ: 日本 菅義偉
エリア: アジア
「総理にふさわしい人」ランキングでは1位だけれど……(C)時事

 

 菅義偉首相が河野太郎規制改革担当相を新型コロナウイルス対策のワクチン担当相に任命したことで、さまざまな政局的臆測を呼んでいる。

 菅首相は内閣支持率の急落に悩んでおり、年内には再選のかかる自民党総裁選と衆院選が控えている。河野氏は、接種を進める啓発活動に小泉進次郎環境相を巻き込んだが、2人は首相の子分のような存在だ。

 永田町では、

「首相が早期退陣を余儀なくされる事態に備え、息のかかった河野氏へ禅譲する準備を始めた証ではないか」

 との噂まで出ている。

 河野氏と言えば、世論の人気とは裏腹に、永田町では強弁と独断専行が目立つ「壊し屋」のイメージが強い。菅首相の政局的狙いが現実になるかどうかは、ひとえに河野氏が一枚脱皮できるかどうかにもかかっているだろう。

政府の見通しの甘さを軌道修正

 河野氏は1月22日の参院本会議で、国民民主党の榛葉賀津也幹事長に、

「自他ともに認める『令和の壊し屋』だ。ワクチン接種には周到な事前調整が求められ、最も苦手とするところではないか」

 となじられたことに、こう切り返した。

「できる限り2月下旬までに、まずは感染者に頻繁に接する機会のある医療従事者から接種を開始できるよう準備をしているところだ。『令和の運び屋』と言われるように頑張ってまいる」

 議場では「運び屋」という言葉に失笑も漏れたが、自民党幹部は「耳目を集めそうなワードを即座に考えられることが河野の強み」と評価する。

 だが、榛葉氏が指摘するように、ワクチン接種は大がかりで複雑な調整が短期間に求められる難しいプロジェクトだ。

 政府は2月下旬から医療従事者を皮切りとして、約半年間をめどに希望する全国民への接種を終えたい考えだが、ワクチンは輸入時や国内で輸送する際は、超低温に保つ技術が求められ、解凍後は5日程度で使い切らなければならないなど、扱いが難しい。

 さらに輸入から接種現場までの過程では、多くの省庁との調整が必要となる。全国に配る超低温冷凍庫の調達に関わるのは経済産業省、超低温で輸送する担務を扱うのは国土交通省だ。接種の実務を担う自治体を指揮する総務省、ワクチンを国内で輸送する任務に自衛隊が関与すれば、防衛省も関係してくる。

 河野氏は各省庁に指示を出し、接種計画を遅滞なく進める総合プロデューサーの役割を担う。「予定が遅れそうな場合は督促し、ときには特例を認める政令を出すケースもある」(内閣官房関係者)という。

 接種のスケジュールは、感染拡大で打撃を受ける日本経済の行方だけでなく、7月に開幕予定の東京五輪の行方も左右する。

 河野氏が、『NHK』の番組である「『プロジェクトX』のようだ」と漏らすほど、精緻かつ困難な調整作業が求められる。

 河野氏は大がかりな事業になることを見越し、あいまいな分析に基づく政府の見通しの甘さを軌道修正し始めている。

 1月22日の記者会見では、坂井学官房副長官が「6月までに接種対象となる全ての国民に必要な数量の確保は見込んでいる」と説明してきた内容を、「修正させて頂く」と強調。坂井氏は同日の会見で「修正しません」と反論したが、河野氏は「まだ供給スケジュールは決まっていない」と譲らなかった。

 河野氏は親しい自民党議員に、

「甘い予測に基づいた厚生労働省の見立ては、一度忘れてほしい」

 とも語っている。

「広告塔」として加わった小泉氏

 ワクチンは通常の開発期間より大幅に短期間で作られたため、安全性を不安視する声が多い。今回の接種は任意だが、世論調査では、軒並み2~3割が「接種をためらう」と答えている。

 一定数の国民が受けてもらわなければ新型コロナへの集団免疫を獲得できず、社会全体への効果は限られてしまう。首相が河野氏を起用したのは、ツイッターで200万人以上のフォロワーを抱える発信力に期待した面が強い。

 そこに「広告塔」として加わったのが、より知名度の高い小泉氏だ。

「進次郎には、俺と一緒に国民の不安を解き、接種を呼びかける役割を演じてもらおうと思っている。『ワクチンの副反応にあたるのは、交通事故に遭遇する可能性より低い』などと、わかりやすく情報発信したい」

 河野氏は首相から任命を受けた1月18日夜、党幹部にこう漏らした。

 そして翌日夕、首相と河野氏は官邸での関係官僚との打ち合わせに、閣僚として小泉氏だけを同席させた。ちなみに環境省は、接種後の注射針など医療廃棄物の問題にも関わる。

 首相と河野氏、それに小泉氏は同じ神奈川県選出。「改革志向の強い一匹オオカミという共通の特徴があり、日ごろから特に親しい」(自民党幹部)間柄で知られる。

河野政権への道筋

 首相が今回、河野、小泉両氏を注目の集まるポジションに就かせたことに関し、ある自民党重鎮は、「9月の総裁選に向けた保険」という見方も示す。

 菅首相は、昨年9月の政権発足時こそ7割以上の高い内閣支持率を誇ったが、最近は観光支援策「GO TOトラベル」をめぐるちぐはぐな対応などが反発を受け、年明けには支持率は3割台まで落ち込んだ。いまだ下落傾向に歯止めはかかっておらず、「支持率が2 割まで下がれば、自民党内で『菅降ろし』の機運が生じかねない」(閣僚経験者)とも言われている。

 菅首相はこれまで、今年9月の総裁選で再選を果たして直後の衆院選に勝利し、少なくとも次の総裁任期が切れる2024年秋までは政権運営に携わる――との青写真を描いていたとされる。

 万一このシナリオが崩れた際の「保険」が、河野氏に政権を禅譲し、政界に影響力を残すという考え方だ。

 次期総裁選をめぐっては、岸田文雄前政調会長が昨年に続き出馬への意欲を見せている。ただ、菅首相は周囲に、「国民に人気のない岸田では絶対に『選挙の顔』にならない」と指摘する。

 もう1人、「ポスト菅」に石破茂元幹事長もなお意欲を見せているが、石破氏は前回の総裁選で最下位に沈んだ後遺症を引きずり、次回は「出馬に必要な20人の推薦人確保すらおぼつかない」(細田派関係者)とされている。

 前出の党重鎮は、真剣な表情でこんな可能性を語る。

「内閣支持率がさらに悪化した場合、首相が秋の総裁選に出馬せず、河野氏を立てて支持する考えを表明する。河野陣営の参謀に小泉氏が加われば、岸田、石破両氏が出馬したとしても、駆逐することができる」

 河野氏は前回の総裁選でも出馬を模索し、所属する麻生派の麻生太郎副総理に「まだ早い」と止められ断念したが、菅内閣の閣僚となった昨年11月にも、『テレビ東京』のオンラインイベントで、「いつか総理になって、自分が思っている政策を示して国民の後押しで実現したい」と強調。首相への意欲をなお隠さないでいる。

 また、小泉氏は昨年の総裁選で「もし河野氏が出馬すれば支持する」と公言した経緯もある。

 世論の人気が高く、菅首相のグリップが効く河野氏と小泉氏が「接種を成功させた」というイメージを作ることができたならば、万一の場合に「河野政権」への道筋が開ける――。

 菅首相はこう考えているのではないかと先の党重鎮は言うのだ。

「チーム河野」のエンジン部分

 こうした見方を強めるもう1つのエピソードがある。河野氏をサポートする大臣補佐官に、岸田派の若手エース格とされる小林史明衆院議員が抜擢されたことだ。

 小林氏はNTTドコモ出身の衆院当選3回。政策立案の実務に長けて党内の評価も高く、「首相への登竜門」とされる党青年局長を務めた経験もある。

「俺を手伝ってほしいんだよね」

 河野氏は1月19日夕、自民党のデジタル社会推進本部の会合に出席途中だった小林氏の携帯電話を鳴らし、ワクチン担当相の補佐官になるよう直接頼み込んだ。

 小林氏は同本部の事務総長も務めているが、河野氏はこの後、同本部の甘利明座長と岸田派会長の岸田氏に「小林を借りたい」と直談判して回り、そそくさと「チーム河野」の一角に引き抜いていった。

 河野氏の要請を受け入れつつ、複雑な表情をみせたのが岸田氏だ。

 小林氏は昨年の総裁選で岸田陣営の広報戦略作りなどに関わったが、今回の人事には「次の総裁選でも、河野陣営に加担させようという裏の狙いがあるのは明らか」(派幹部)とやっかむ声もある。

 もともと、小林氏は小泉氏と政策勉強会などで行動をともにする機会が多く、党内では岸田派に属しながら「小泉グループ」と分類されることもある。

 今回、河野氏が小泉氏とタッグを組み、さらに小泉氏と仲のいい実務派の小林氏を組み入れたことで、「チーム河野」のエンジン部分が出来上がったという見方もある。

 河野氏がワクチン行政で実績をあげれば、次期首相候補としての期待は一気に高まるだろう。ただ、これは大きな賭けでもある。計画が大幅に遅れたり、深刻な副反応の被害などが出たりすれば、社会と経済に致命的な混乱を招き、政治生命の危機にもさらされかねない。

 河野氏はこれまで、所属する麻生派の中ですら、「自分のことしか考えないわがまま」(幹部)などいう悪評が際立っていた。外相時代は、外務省の調整能力を度外視して強行軍の外遊日程を組むよう指示し、批判を浴びたこともある。麻生派では若手の面倒を見る機会が少なく、「きれいごとを吐くだけで汗をかかない」(同)などと不評を買ってきた。

 今回のワクチン接種プロジェクトは、省庁同士の連携を促すための丁寧な調整や国民の不安を取り除く説明能力など、求められる要素があまりに多い。「壊し屋」のままでは、とてもこなせないオペレーションでもある。

 裏返せば、一国を率いる首相に必要な素質があるかどうかを見極めるには、格好の材料とも言える。

 

カテゴリ: 政治
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