日米共同声明言及で東アジア安保の焦点となった中国の核心的利益「台湾」海峡

執筆者:野嶋剛 2021年4月21日
4月13日に行われた新型揚陸艦の進水式でスピーチをする蔡英文総統(C)EPA=時事

 

菅義偉首相の訪米に伴う日米首脳会談の共同声明で、半世紀ぶりに「台湾」への言及が行われた。歴史的な転換である。緊張した台湾海峡情勢のなかで、日米を「巻き込んだ」ことによって一定の後ろ盾を得たことに、台湾では安堵が広がっている。

 今回の共同声明は、台湾問題について米国や日本の関与をとことん嫌い、「内政問題」と位置付けようと努力してきた中国の試みがセットバック(後退)したことを意味しており、台湾問題の位置付けがアップグレードされて「全球化(グローバル化)」した、というのが台湾側の受け止めだ。

 今回、共同文書での文言は「日米両国は台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を促す」というものだ。米国の重点は「台湾海峡の平和と安定の重要性」にあり、日本側は「両岸問題の平和的解決」を加えることで中国に配慮したと言われる。

 しかし「平和的解決」が入ろうが入るまいが、中国にとってはこうした前例破りは「深刻な現状変更」と認識されるだろうし、台湾は「現状のブレークスルー」と受け止め、政治的な波及を生むことは避けられない。

台湾メディアは一様に肯定的

 台湾の蔡英文政権や世論も、総じて、今回の日米首脳会談には歓迎の意を示している。何しろ、日本では詳しくは報じられていないが、昨年の後半以降、台湾は連日のように中国軍機による防空識別圏を越えた台湾近海への威嚇的接近に悩まされ、1996年の台湾海峡危機以来と言われる緊迫に包まれていたからだ。

 蔡英文総統自身は現時点でコメントを出しておらず、外交部のコメントのみにとどめているのは、中国をこれ以上刺激しないという配慮から来ている。

 台湾のメディアはそれぞれ明確な政治的立場を持っているが、受け止めは一様に肯定的だ。民進党支持色が強い「自由時報」は「台湾は自由世界の抜け穴となってはいけない」と題する社説を掲載し、「抗中(中国への抵抗)は米日連合陣営の共同目標になり、この形勢下で台湾はますます重要になる」との見方を示した。自由世界vs.中国という対決構図を期待する立場である。

 一方で、対中関係を重視する国民党を支持し、日本へは普段から厳しい論調を取っている「聯合報」は「菅義偉は恐中症(対中恐怖症)から抜け出そうとしている」として、珍しく好意的に日本の動きを社説で論じた。

 同紙は、今後菅首相がインド、フィリピンなどにも訪問を予定していることを引き合いに、「これまで日本は嫌々米国の演出に迎合してきたが、今回は中国に対して積極的な牽制に転じている」と驚きの視線を投げかけた。

日米は何にコミットするのか

 少なくとも、1970年代の台湾の国連脱退、日台断交、米台断交などで形成された国際関係の構図は、これまで固い岩盤のように思われてきたが、そこに深いヒビが入ったことは間違いない。今後日米それぞれが従来の台湾政策の見直しを始めることになる。
台湾問題を「核心的利益」と位置付ける習近平政権は、米中関係、日中関係、中台関係

 見直しの作業を迫られるだろう。ただ、注意が必要なのは共同声明では、「台湾」ではなく、「台湾海峡」や「両岸」という言葉が使われているという点である。

 両岸というのは、台湾海峡を挟んだ両岸を指す。つまり、台湾海峡を挟んで、大陸側の中華人民共和国と、台湾側の中華民国という対立構図が基本的にあることを意味している。日米でコミットするのは「台湾防衛」ではなく「台湾海峡の安定」ということを念頭に置くことが、今回の共同声明を考えるうえでのポイントであると言えるだろう。

中台分断の長期化を招いた地理的条件

 台湾海峡は、台湾の南北とそれに向き合う対岸の福建省との間にある海域で、その幅は130~180キロメートルある。水深は50〜100メートルほどと浅く、それでいて海上の波はかなり荒い。台湾にとっては「防波堤」であり、中国にとっては台湾統一を阻んできた「障害物」である。

 かつて、この台湾海峡は「黒水溝」と呼ばれた。ここに分流した太平洋の黒潮が流れ込む関係で、海水が黒く見えるとされてきた。実際、衛星写真でも、台湾海峡の一部は漆黒というわけではないが、ほかよりも黒く見えるらしい。流れが複雑で遭難する船も多く、17世紀から本格化した福建・広東から台湾への移民では、黒水溝は人々の命を奪っていく恐怖の海峡だった。

 この台湾海峡を越えた先にある台湾を、国共内戦の敗者となった蒋介石が逃亡先として選ぶことができたのは、まさに天佑だった。当時、撤退先としては海南島という選択肢もあったというが、蒋介石は日本から手に入れたばかりの台湾を選んだ。

 海南島と広東省の対岸との距離は最短部分でおよそ20キロ。これだと渡海・上陸作戦はそこまで難しくはない。しかし、台湾海峡は最短部分でも130キロ。渡海・上陸作戦には相当の難度が伴う。

 一方でこの距離は蒋介石による再上陸「大陸反攻」にも障害となった。そのため、蒋介石も大陸反攻作戦の立案にあたって、台湾海峡に浮かぶ澎湖諸島を拠点にする形にせざるを得なかった。だが、澎湖諸島に戦力を集中させれば相手にも察知されやすい。
つまり、台湾海峡は、台湾を守ると同時に、大陸も守る諸刃の剣であり、中台分断の長期化を招いた最大の地理的条件だった。

東アジアの軸は再び「台湾」に?

 その台湾海峡による地理的制約が崩れつつある、というところに現在の問題の本質がある。中国軍の圧倒的物量とその海軍・空軍の増強によって、台湾の制圧が決して不可能だと言い切れない状況になっているからだ。

 もちろん、台湾軍も決して弱い軍隊ではなく、米軍からの武器購入によって装備は充実し、兵士の練度も低くない。台湾社会も結束して中国の武力侵攻には立ち向かう可能性がある。中国が台湾の武力統一で払う代価は、国際的名声の失墜とともに、決して安くはないだろう。

 だが、それでもいったんあらゆる犠牲を払うことを習近平が決意しさえすれば、米軍の到着前に台湾を制圧できる実力を中国軍が身につけつつある、ということである。

 その点を含めて、今回の共同声明の外交的および安全保障面でのインパクトは今後次第に見えてくることになり、首脳会談は出発点にすぎない。

 中国も黙ってはいない。台湾、日本、米国に、いろいろな形で圧力をかけ、挽回に努めるだろう。日本と米国が台湾の有事にどう行動するのか。共同作戦の策定が必要だとする意見もある。当然、水面下で台湾の国防当局とのやりとりも活発化するはずだ。


これから東アジア情勢は台湾を軸に回り始める。そんな予感が漂い始めている。
 

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
野嶋剛 1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)、『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)、『謎の名画・清明上河図』(勉誠出版)、『銀輪の巨人ジャイアント』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)、『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』(小学館)、『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社新書)など。訳書に『チャイニーズ・ライフ』(明石書店)。最新刊は『香港とは何か』(ちくま新書)。公式HPは https://nojimatsuyoshi.com
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