キューバの変革:終わらない「カストロ時代」

執筆者:山岡加奈子 2021年6月1日
カテゴリ: 政治 経済・ビジネス
エリア: 中南米
党大会で演説をするラウル氏(C)AFP=時事
 
ラウル・カストロの引退をもって「カストロ時代の終焉」と報じたメディアは多いが、実のところは――。ラウルが引き続き実権を握り、その先には「カストロ家の2代目」が控えているという。

約束通りの引退

 2021年4月16~19日に開催された第8回共産党大会の最大のニュースは、ラウル・カストロ(89)が10年間務めた党第一書記の地位を退き、ミゲル・ディアスカネル=ベルムーデス大統領(61)に譲ることであった。

 ラウルは2018年に、当時の国の最高指導者の地位であった国家評議会議長から退き、ミゲル・ディアスカネルに引き継いだ(翌年、憲法改正によって設けられた大統領職にディアスカネルが就き、国のトップは国家評議会議長から大統領に代わった)。今回共産党の最高指導者の地位である第一書記の地位からも引退することで、すべての公職から退き、彼の言葉を借りれば「一兵卒として引き続き党と革命に奉仕する」こととなった。

 ラウルの引退そのものは驚くことではない。2008年に国家評議会議長に就任するときも、2011年に党第一書記に就任するときも、それぞれ5年の任期で再選1回、計10年務めたら退くと明言していた。ラウルはその約束を守り、それぞれ10年後にディアスカネルに譲ったことになる。

権力移譲という観点では不適切だったラウルの演説

 しかし筆者は、ラウルの実質的な地位は今後も変化しないと考えている。

 というのは、この大会でのラウルの演説とディアスカネルの演説を比較すると、ラウルが経済改革の課題や改革の限界など、具体的な今後の政府の政策について述べているのに対し、ディアスカネルは革命やカストロ兄弟の功績、米国の脅威や国家としての独立主権の重要性など、抽象的な話に終始し、第一書記に就任したばかりにもかかわらず、自分がこれからどのように党を指導していくつもりなのか、具体的な展望や政策について何も言っていないからだ。

 ラウルの演説の中で目を引いたのは、「改革には限界がある」と述べたところである。

 キューバでは今年1月に二重通貨制度の廃止、2月に自営業の業種拡大などが行われてきた。彼は1月以降の改革が、キューバに資本主義を復活させたい、キューバ国民の資産を大規模に民営化したい、と考える人には不十分だと批判されていること、いくつかの職種が自営業として認められないことを不満に思う人がいることを受けて、「利己的で強欲なカネの亡者が民営化を望んでいる。これは60年以上かけて築いてきた社会主義社会の基礎を損なうものだ」と批判した。

 さらに、海外との貿易を民間部門もできるようにしてほしいという希望について、「党指導部としては認めることはできない。(改革には)できることとできないことがあり、限界があるのだ」と釘を刺したのである。

 この発言が今後のキューバの経済改革に与える影響については後述するが、権力移譲という観点から言えば、この日をもって引退する指導者が、後継者を前にして、今後のキューバのあるべき方向についていろいろと発言するのは適切とは思えない。

テクノクラートとカストロ家の二重権力構造

 実際にフィデル・カストロは、2006年7月末に病気のため政治の舞台から姿を消し、弟ラウルが暫定指導者となってからは、2016年に死去するまで現在の政治や政策について一切発言をしなかった。

 フィデルは自身が戦った革命闘争の思い出を語り、革命当時の回顧録執筆を行い、日本の安倍晋三前首相を含む海外の要人とも会談したが、公の場で、病気になる前のように現在の政策について意見を言うことはなかった。もちろん私的な場でラウルから相談を受けたり、助言したりしていた可能性はあるが、内外に向けて現在のキューバの指導者はラウルである、というスタンスを堅持したのである。

 しかし今回の党大会でのラウルとディアスカネルの演説を比べると、ラウルが前述の発言をしたのに対して、ディアスカネルの演説の中では、経済改革について言及した箇所はずっと少なかった。

 確かにラウルは演説の中で、「有能な指導者のグループに国家の指導を譲ることができることに満足している」と述べている。これだけ聞けば、カストロ兄弟の支配から、若手指導者たちの集団指導体制に移行したように見える。

 しかし現実には、ラウルの力は依然として強く、さらにはラウルの子ども世代が革命軍の中で権力を握っており、軍を中心にカストロ家の権力基盤が形成されている。

 つまり表向きはディアスカネル大統領やマヌエル・マレロ首相(57)などの若手テクノクラート出身者が指導者となっているように見えるが、実際には革命軍の中でカストロ家の人々が本当の権力を保持するという、二重構造が生まれているのだ。

カストロ家の後継者と目されるラウルの元娘婿

 ラウルには革命闘争の同志だったビルマ・エスピンとの結婚で、息子が1人、娘が3人いる。息子アレハンドロは革命軍の士官であり、ラウルの後継者として海外の一部で注目されている。

 さらに娘の一人デボラの元夫であるルイス・アルベルト・ロドリゲス=ロペスカイェハスは、革命軍の大佐であり、革命軍が所有する国営企業のコングロマリット「GAESA(Grupo de Administración Empresarial)」を統率する実力者である。数年前にデボラと離婚した後も、カストロ家の一員として扱われている。

 このルイス・アルベルトをカストロ兄弟の真の後継者とみなす海外の専門家は多い。革命軍の士官であり、カストロ家の姻戚であり、かつキューバの優良国営企業を集めたコングロマリットのトップとして経済も握っているからである。

 アレハンドロもルイス・アルベルトも政治家としての地位はなく、基本的に軍人である。つまり政治家としての地位は、ディアスカネルらテクノクラートに任せつつ、軍と経済の中枢部分を掌握している。そこから、表で政治を任されるテクノクラートと、裏で軍と経済を握るカストロ家の2代目、という二重構造の構図が浮かぶ。

 ラウルは今年6月に90歳になる。高齢なので、今後の健康状態によっては、早晩ディアスカネルらに指示を出すことはできなくなるかもしれないが、その場合はアレハンドロやルイス・アルベルトが実権を握ることが予想される。

 ちなみにフィデルにも2度の結婚で6人の子どもがいるが(婚外子も含めればさらに多い)、フィデルの子どもたちは誰も権力の中枢にはいないようである。不世出のカリスマ政治家であったフィデルの子どもたちよりも、政治家としてはむしろ凡庸と言っていいラウルの子どもたちのほうが政治家には向いているようで興味深い。(つづく

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執筆者プロフィール
山岡加奈子(やまおかかなこ) 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所 主任研究員。早稲田大学法学部卒業後、シカゴ大学大学院国際関係学科修士課程を経て、1989年にアジア経済研究所(現・日本貿易振興機構アジア経済研究所)に入所。地域研究センター・ラテンアメリカ研究グループ主任研究員を務める。1994年~1996年に在ハバナ海外派遣員(キューバ共産党中央委員会付属アジア・オセアニア研究所客員研究員)、2005年~2007年に在ケンブリッジ海外調査員(ハーバード大学ロックフェラー・ラテンアメリカ研究所および同 大学日米関係プログラム)。主な著作に『岐路に立つキューバ』(アジ研選書)、『岐路に立つコスタリカ: 新自由主義か社会民主主義か』(同)、『ハイチとドミニカ共和国: ひとつの島に共存するカリブ二国の発展と今』(同)がある。
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