医療崩壊 (69)

世界の信頼を失う国産コロナ治療薬「ゾコーバ」緊急承認

執筆者:上昌広 2022年12月6日
エリア: アジア
シンポジウムで「ゾコーバ緊急承認は結論ありきの神事」と語る小野俊介・東京大学大学院准教授(写真:筆者提供)
「ゾコーバ」の臨床試験は医学的に不適切と見るべきだ。データ上からは先行薬ほどの効果は期待できない。「国産」を錦の御旗に科学的な議論をねじ曲げるような承認は、日本の医薬品開発に対する世界の信頼を失わせる。

 11月26~27日、東京・三田の建築会館で、「現場からの医療改革推進協議会シンポジウム」を開催した。これは2006年に、私と鈴木寛参議院議員(当時)が中心となって始めたものだ。毎年11月に開催し、今回で17回目となる。

 第1回から、冒頭の挨拶は林良造・武蔵野大学国際総合研究所前所長(元経済産業省経済産業政策局長)、第1席は小野俊介・東京大学大学院薬学系研究科准教授にお願いしている。小野氏は元厚生労働省薬系技官で、アカデミアに移ったあとは医薬品の承認体制の研究に従事している。そして毎年、その研究の進行状況とともに、日本の薬事体制の問題点を紹介してくれる。

 小野氏の今年の演題は『「医薬品の承認審査は神事」再び』で、この講演では、塩野義製薬が開発した新型コロナウイルス感染症の経口治療薬「ゾコーバ」の緊急承認(11月22日)の問題を取り上げた。

「結論ありきの神事」

 まず小野氏が問題視したのは、結論ありきの審査体制だ。

 今回「ゾコーバ」の審査を担当したのは、厚労省の薬事・食品衛生審議会の薬事分科会と医薬品第2部会の合同会議だ。座長を務めた薬事分科会長の太田茂・和歌山県立医科大学教授は、閉会ぎりぎりに「緊急承認を可とする旨、議決したいと思う」と呼び掛けた。島田眞路委員(山梨大学学長)が緊急承認に反対する意見を述べたが、沈黙が過半数を占めた数秒後に「賛成が多数と認めたいと思います」と議論もせず締めた。これは異様だ。座長がやるべきは「可と議決したい」と自らの希望を述べるのではなく、他の委員の意見を聞き、最終的には多数決をとることだ。小野氏は、この様子を「最初から結論ありきの神事」と評する。

 島田委員は緊急承認に反対の理由として、緊急承認制度の適用要件に「当該医薬品の使用以外に適当な方法がないこと」とあるのに対し、経口薬としては米メルクの「ラゲブリオ」と米ファイザーの「パキロビッドパック」がすでに承認されているが、「パキロビッドパック」は政府が確保した200万人分のうち、5万6000人分しか処方されていないことを挙げ、代替薬が存在し、しかもその需要は低いと論じた。これは正論だ。

 ついで小野氏が問題視したのは、厚労省が情報開示に消極的なことだ。審査の様子は、「YouTube」で公開された。ところが、程なくこの動画は非公開にされ、もはや見ることができない。先進国では、医薬品の審査の模様は公開され、誰でもチェックすることができる。日本の対応は異様だ。

 厚労省が動画を非公開にしたのは、余程都合が悪いことがあったからなのだろう。小野氏は、「認めたい」との座長の発言が、議事録ではどのように「修正」されるかを楽しみにしている、という。

主要評価項目を途中で変更した臨床試験

 なぜ厚労省はこんな無理をしたのか。それは、「ゾコーバ」の治験データが、承認を満たすレベルではなかったからだ。医薬品医療機器総合機構(PMDA)で薬事承認に従事した経験がある谷本哲也医師は「ゾコーバは欧米では承認されません」という。

 では、どこが問題なのだろうか。谷本医師が最も問題視するのは、塩野義製薬が臨床試験の主要評価項目を途中で変更したことだ。

表:プロトコルの主な変更点(下線部:各版で異なる箇所)

表は、PMDAが作成した審査報告書から抜粋した、変更点の一覧だ。今年7月8日に改訂された研究計画書では、発熱や頭痛など「12症状が快復するまでの時間」を主要評価項目としていたが、9月20日に倦怠感、発熱、鼻水、喉の痛み、咳などの5項目に減らされている。頭痛・悪寒・筋肉痛など、頻度が高い症状も除外されている。

 この時期に研究計画書が変更されたのは、7月に厚労省が「ゾコーバ」の緊急承認を見送ったためだ。なぜ当初の12症状から5症状に減らしたのか、なぜ頭痛・悪寒・筋肉痛を除外したのかといった疑問点を、合理的に説明することはできない。ちなみに、今回提出されたデータは、当初の12症状を主要評価項目として分析した場合、有効性は証明されない。

先行薬よりも効果は低い?

 この臨床試験は、日本・韓国・ベトナムで実施された。5症状の消失時間は、ゾコーバ群で167.9時間、プラセボ群で192.2時間と24.3時間の差があるが、日本人に限った解析では6.3時間しか差がなく、その差は統計的に有意ではない。これは、韓国人、ベトナム人と比べて、日本人のプラセボ群の回復が早いためだ。これで、本当に画期的な薬と言えるのだろうか。

 さらに、この臨床試験の設定は、日常臨床ではあり得ない条件を課している。その1つが、鎮咳剤の併用を認めていないことだ。咳を訴えるコロナの患者に咳止めの薬を出さないなどあり得ない。もし、日常診療と同じように咳止めを処方していたら、症状快復までの時間に差が付いたかはわからない。

 そもそも「ゾコーバ」は、先行するファイザーの「パキロビッドパック」と作用機序が同じ3CLプロテアーゼ阻害剤なのだが、基礎的検討では、薬効は「ゾコーバ」より「パキロビッドパック」の方が強そうである。なぜか。

 薬効は、薬物の最大効果の50%を示す濃度EC50の値で比較することができ、値が低いほど、その薬物の効果は高いことになる。コロナに対する「パキロビッドパック」の主成分ニルマトレルビルのEC50は78ナノモルという論文もあるが、「ゾコーバ」は310~500ナノモルだ。ということは、「ゾコーバ」は「パキロビッドパック」ほどの有効性が期待できない可能性があるのだ。

 それなら、「ゾコーバ」の効果は、プラセボと比較するのではなく、先行する「パキロビッドパック」と比べるべきである。このあたりも、今回の臨床試験は医学的には不適切なものだ。

科学的な議論をねじ曲げるな

 マスコミは「国産初の飲み薬を第8波対策に生かせ(11月25日『日本経済新聞』社説)」「コロナの飲み薬 自宅療養の患者にどう届ける(11月25日『読売新聞』社説)」など、「ゾコーバ」を賞賛する記事で溢れている。政府は、11月28日から医療現場に本格的な供給を開始し、塩野義製薬は、2023年3月までに「ゾコーバ」を200万人分(生産済みのものを含めて300万人分)、23年4月以降は年間で1000万人分を生産するそうだ。果たしてこれでいいのだろうか。

 日本はお手盛りの医薬品の承認を続け、世界の信頼を失ってきた。第2次安倍政権の2013年11月に成立した再生医療等安全性確保法と改正薬機法により、我が国では少数例の治験で安全性が確認され、有効性が「推定」できれば、再生医療製品を承認できるようになった。2015年に条件及び期限付承認されたテルモ社の虚血性心疾患治療製品「ハートシート」の治験は、国内の3施設で実施され、症例数は7例にすぎなかった。国内では好意的に報じられたが、英『ネイチャー』誌は2019年9月26日号で「日本は、幹細胞療法に関わる行政政策を見直すべきだ」という巻頭言を掲載している。

「ゾコーバ」の緊急承認も、構造は全く同じだ。オミクロン株が流行の主体となった現在、治療薬はすでに十分間に合っている。「国産」を錦の御旗に、科学的な議論をねじ曲げるべきではない。長期的には、日本での医薬品開発を停滞させ、世界での信頼を失うだけだ。もっと真面目にやらなければならない。

 

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執筆者プロフィール
上昌広(かみまさひろ) 特定非営利活動法人「医療ガバナンス研究所」理事長。 1968年生まれ、兵庫県出身。東京大学医学部医学科を卒業し、同大学大学院医学系研究科修了。東京都立駒込病院血液内科医員、虎の門病院血液科医員、国立がんセンター中央病院薬物療法部医員として造血器悪性腫瘍の臨床研究に従事し、2016年3月まで東京大学医科学研究所特任教授を務める。内科医(専門は血液・腫瘍内科学)。2005年10月より東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステムを主宰し、医療ガバナンスを研究している。医療関係者など約5万人が購読するメールマガジン「MRIC(医療ガバナンス学会)」の編集長も務め、積極的な情報発信を行っている。『復興は現場から動き出す 』(東洋経済新報社)、『日本の医療 崩壊を招いた構造と再生への提言 』(蕗書房 )、『日本の医療格差は9倍 医師不足の真実』(光文社新書)、『医療詐欺 「先端医療」と「新薬」は、まず疑うのが正しい』(講談社+α新書)、『病院は東京から破綻する 医師が「ゼロ」になる日 』(朝日新聞出版)など著書多数。
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