中国政府は2月20日、「US Hegemony and Its Perils」(米国の覇権とその脅威)と題した文書を発表した。英語版のタイトルはシンプルだが、中国語版だと「美国的霸権霸道霸凌及其危害」(米国の覇権、覇道、いじめとその危害)と強烈だ。目次はさらにいかつい。
一、肆意妄為的政治霸権(ほしいままに振る舞う、でたらめな政治覇権)
二、窮兵黷武的軍事霸権(好戦的な軍事覇権)
三、巧取豪奪的経済霸権(欲しいままに奪う経済覇権)
四、壟断打圧的科技霸権(独占し他者に強圧的な科学技術覇権)
五、蠱惑人心的文化霸権(人心を惑わす文化覇権)
見ての通り、政治、軍事、経済、科学技術、文化の5分野において、米国が歴史的にいかにわがままで強圧的な覇権国家であるかを糾弾するものだ。ちなみに、日本も事例に挙げられており、プラザ合意により円高と金融市場開放を迫られた日本が“失われた30年”に突入した、日米半導体協定により日本の半導体メーカーが世界の競争から追い出されたと言及されている。
紙幅の関係もあり詳述は避けるが、日本の衰退がすべて米国の圧力に由来するという論はあまりにも単純化されている。ただ、日本の衰退から得た教訓として中国では広く普及していることは事実だ。すなわち、上述5分野の問題はただの揚げ足取りというよりは、中国自身が意識している脅威を写しだしている。つまり、政治から文化にいたるまで、米中対立が幅広い領域に広がっていると中国側は認識しているわけだ。
米中の対立が全面的であること。今となっては常識のようにも思えるが、振り返れば10年前とはまったく異なっている。2013年に話題となったのが中国共産党中央弁公庁9号文件(通称は「9号文件」)だった。「現在のイデオロギー領域の状況に関する通報」とのタイトルで、西側諸国は民主主義や人権などの普遍的価値、市民社会、言論の自由などを喧伝する文化侵略を強めているとして、中国共産党党員はこの問題を認識して警戒するよう要請された。
現在は中国による浸透工作や認知戦に注目が集まるが、10年前は真逆で西側諸国の浸透工作にいかに対抗するかが中国にとっての課題であったわけだ。前述の5分野にあてはめると、最大の焦点は文化であり、またその先にある政治問題、すなわち東欧のカラー革命や中東のアラブの春のような「和平演変」(平和的体制転換)であった。
その後、中国が認識する脅威は広がっていくわけだが、軍事や経済という伝統的な安全保障分野と並んで、科学技術が取りあげられていることは注目に値する。
「技術は後からついてくる」という2010年代の勝ちパターン
なぜ、科学技術が米中対立の最前線に躍り出たのか? ……
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