「核の三極体制」が終焉させる「米ソ冷戦型軍備管理」と参照すべき「原点」

執筆者:竹本周平 2023年6月6日
エリア: その他
新START調印後に握手を交わすオバマ、メドベージェフ両大統領(ともに当時) チェコ・プラハにて2010年4月8日 (C)EPA=時事
新STARTの実質的な失効と、第三の核大国として台頭する中国の存在が、米露二国間で成立してきた冷戦型の核軍備管理体制を終わらせることになる。「核軍備管理なき世界」の到来を防ぐには、「軍事領域における敵対国間の協力」という軍備管理の原点に立ち返る必要がある。

 

 2023年2月21日、ウラジーミル・プーチン大統領は新START(新戦略兵器削減条約)の履行停止を表明した。2010年4月8日にアメリカとロシアの間で調印(2011年2月5日に発効)された同条約は、7年間で両国が保持する配備戦略核弾頭数を1550発以下、運搬手段(ICBM、SLBM、戦略爆撃機)の総数を800基・機以下(そのうち配備数は700基・機以下)まで削減することを法的に規定するものである。

 また同条約には、上記のような戦略核兵器の数的規制だけではなく、配備状況に関するデータ共有と現地査察などの信頼醸成措置も含まれた。有効期限は10年間とされたが、条約第14項の規定に基づき最長で5年間の延長が可能となっており、米露両政府は2021年2月3日に5年間延長することで合意した。これによって有効期限は一応のところ2026年2月5日までとなったが、プーチンの履行停止宣言によって、同条約の実質的な意味は既に失われたといえよう。

現実味を帯びる「核軍備管理なき世界」

 さらに、ロシアのウクライナに対する軍事侵攻を受けて、アメリカはロシアとの戦略的安定対話を無期限に停止することを表明した。新STARTが失効するまでの間、米露が新たな核の軍備管理条約を構築する可能性は極めて低くなった。

 新STARTは、米ソ冷戦の終結を象徴づけるSTART(戦略兵器削減条約、1991年7月に調印)の後継条約であり、1972年のABM(弾道弾迎撃ミサイル)制限条約、1987年のINF(中距離核戦力)全廃条約と合わせて、米露(ソ)間の核の軍備管理体制を構成し、両国の戦略的安定性を制度化するものであった。またそれは、米ソ冷戦期のピーク時に約7万発あった世界の核弾頭の数を約1万2000発まで削減させることにも貢献してきた。ABM条約(2002年失効)とINF条約(2019年失効)が既に失効しており、新STARTまでもがこのまま終焉することになれば、半世紀も継続された米露(ソ)核の軍備管理の歴史に幕が下りることとなる。「核なき世界」どころかむしろ「核軍備管理なき世界」の方が現実味を帯びてきた。

 ポスト新STARTの時代が間近に迫るなかで、今後何が争点となるのか。とりわけ注目されているのが中国の核増強である。現在、中国が保有する核弾頭数は約400発とされているが、アメリカ国防総省の試算よれば、新START失効直後の2027年に約700発まで増加し、2030年に約1000発、2035年には1500発に到達すると推測される。また2036年には、中国の核の運搬手段(ICBM、SLBM、戦略爆撃機)の総数も600基・機を超えるとされている。つまり次の10年で中国が確実に核大国の地位に上り詰め、歴史上初めて核の三極体制が成立することになる。

 それだけでなく、中国は中距離ミサイルを約2000基保持しているとされ、その9割近くは核弾頭搭載可能である。アメリカとロシアは、これまでINF条約によって地上配備型の中距離弾道及び巡航ミサイルの保有を禁止されてきたので、戦域レベルに限っていえば中国は米露を圧倒しているということになる。

 ポスト新START時代における核軍備管理体制は、これまでのような米露二国間に限定されたものでは不十分で中国の核戦力を包含する必要がある、というのが実務家や専門家の大方の認識であろう。

限界を迎えていた冷戦型の軍備管理

 もっともこのような認識は決して新しいものではない。さらに付け足すと、ポスト新START時代の核軍備管理が考慮しなければいけない問題は中国の核増強だけではない。新STARTを成立させたバラク・オバマ米大統領(当時)でさえも同条約の暫定性を主張していたように、そもそも新STARTは2009年12月に有効期限を迎える前身のSTARTをなんとか継続させようと急ぎで成立させたものであった。交渉期間も一年未満で、他の米ソ間の軍備管理合意と比較した場合、極端に短い。

 2010年の条約調印直後から米露両政府の高官や専門家は、米露の二国間に限定され、なおかつある特定のカテゴリーに属する兵器(例えば、INF条約の場合は地上配備型の中距離ミサイル[射程500-5500km]、1972年5月に調印されたSALT-I[第一次戦略兵器制限協定]以降のSALT-II、START、新STARTの各条約は、射程5500km以上の戦略核兵器)のみを量的に均衡させることに特化した、いわば冷戦型の軍備管理体制を継続させることを疑問視してきた。

 現に、新STARTの交渉過程において、従来の核軍備管理枠組みに含まれてこなかった戦術核や戦域ミサイル防衛システム、さらには通常兵器型の戦略的攻撃兵器をどう包含していくかは米露間で度々争点となっていた。また、そもそも新STARTが2021年2月になぜ延長されるに至ったかを振り返ってみると、それはアメリカとロシアの履行が不十分であったからではない。両国は既に2018年2月5日の時点で新STARTが規定する削減目標に到達していた。

 もちろん新STARTが失効すれば、アメリカとロシアの戦略核兵器に対する規制が外れ、データ交換や現地査察などの信頼醸成措置も失われることになるので、両国としても新STARTの継続にメリットを見出していたのは間違いない。しかし、たとえ新STARTが存続したとしても、核をめぐる安全保障環境の安定を保証するものではない。なぜならば、核をめぐる安全保障環境を不安的化させている要因は、必ずしも新STARTが規制・削減対象としている米露の戦略核兵器ではなく、むしろ同条約によって制限されていない戦術核などの非戦略核兵器や極超音速ミサイルなどの通常兵器型の戦略攻撃兵器、あるいは増加傾向を見せる中国などの第三国の戦略及び戦域核戦力だからである。

 このことはアントニー・ブリンケン米国務長官の当時の発言からも明らかである。ブリンケンは条約延長を受けて、21世紀における安全保障の課題に対処するための始まりに過ぎないと指摘し、与えられた延長期間で、アメリカとロシアが所持する全ての核兵器、及び中国も包含する軍備管理を追求すると述べた。ロシア政府も新START延長の批准法案に将来の軍備管理に多国間の性格を持たせる文書を添付した。つまり、新STARTによって規定されてこなかったカテゴリーの兵器や第三国を含めた、より包括的かつ多国間な軍備管理体制を構築できるかどうかという点は、当時から米露間である程度共有されていた問題であった。

 延長決定は新たな核の軍備管理体制に向けた準備期間であったと捉えることもできる。しかし、そのような準備期間も虚しく、ポスト新START時代における核の軍備管理体制の輪郭は依然として見えてこない現状である。

意味を失う「数的均衡点の模索」

 今後の核の軍備管理は何に力点を置くべきか。

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カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
竹本周平(たけもとしゅうへい) 国際教養大学国際教養学部グローバル・スタディズ領域助教。専門は、米露(ソ)関係史、米露(ソ)核軍備管理。1982年生。埼玉県出身。東京外国語大学外国語学部ロシア語学科卒業、同大学院総合国際学研究科博士後期課程単位取得満期退学。2012-2014年(財)平和・安全保障研究所日米パートナーシップ・プログラム第二期生(通算16期生)。2019年-2020年、英国バッキンガム大学客員研究員。2012年から国際教養大学国際教養学部講師。2017年から現職。主な著作に「新START後の米露軍備管理」(海外事情)など。
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