【前回まで】北朝鮮ミサイルが日本海沿岸に弾着寸前に爆発した事件で、世論は沸騰していた。その渦中で主計局の周防は、上司の松平から「傘屋の小僧」に徹する覚悟を知らされる。
Episode3 リヴァイアサン
“国家の指導者たる者は、必要に迫られてやむをえず行ったことでも、自ら進んで選択した結果であるかのように思わせることが重要である。”
『君主論』マキャベリ
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2022年8月11日――。
丸ノ内線四ツ谷駅から地上に出た土岐悟朗[ときごろう]を、強烈な日射しとアスファルトの熱気が襲った。
ありえん!
大学ラグビーでフルバックとして活躍した土岐は、今も母校でコーチを務める。
日常的にトレーニングを欠かさないこの俺が立ちくらみするなんて。
40歳を超えたせいではない。この4日間、不眠不休で働いているからに違いない。
残業はしない、仕事は持ち帰らない主義だが、さすがに“あの日”以来、土岐の主義は通用しなくなった。
北朝鮮のミサイルが新潟県新発田市沿岸に弾着直前に爆発して、日本社会の常識は蒸発してしまった。
「憲法で守られているから、日本は平和」などという主張は霧消し、メディアは一斉に戦争危機を大々的に報じた。
“今すぐ北朝鮮のミサイル基地を攻撃し、日本の平和を維持せよ”という論調が堂々と全国紙の紙面を飾り、メディアもSNSも、怒りを炸裂させ、「敵基地攻撃は、専守防衛に反する」と唱える人はいなくなった。
それにともない、防衛費問題も完全にフェイズが変わった。
もはや、防衛費増額は最優先事項であり、「北と事を構えるために、いくら必要なのか」とまで言われ始めた。
今では歳出額を策定する主計局の問題ではなく、「戦時に備えた資金をどのように調達するのかを検討する」主税局のマターとなった。……
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