「静かなる有事」少子化にハンガリーはどう向き合っているか

執筆者:石川雄介 2023年9月11日
カテゴリ: 政治 社会
エリア: ヨーロッパ
ハンガリーの家族政策がジェンダーや性的マイノリティの平等を置き去りにしてきた側面も否めないが――[修道院付属の小学校の生徒のために行われる教育授業=2021年9月1日、ハンガリー・ホドメゾヴァザルヘイ](C)AFP=時事
2010年に世界最低レベルだったハンガリーの出生率は、オルバーン政権下で一定の改善を見せてきた。「子供を4人産むと母親の所得税が免除」など、日本でも注目される施策の効果を検証すれば、必ずしも意図した形で結果が出ているとは言い切れない。また家族のあり方を政府が条件付けることの是非も軽視はできない問題だ。しかし、「政治的意思(予算)」「組み合わせ」「継続性」という観点では、日本に多くの示唆を与えている。

「静かなる有事」――少子化や人口減少は、治安や防衛、企業活動といった各種社会機能、そして国力の維持にも大きな影響を与えることから、このように呼ばれている。日本において、少子化は深刻な問題であり、昨年の日本人の出生数は77万747人と過去最低となり、合計特殊出生率も1.26と2005年に記録した過去最低の数値と並んだ1。岸田政権は、就任時から分配戦略の1つとして少子化対策を挙げ、2023年6月には「こども未来戦略方針」を閣議決定する等、少子化を国家の危機ととらえ、さらなる対策を講じようと準備を進めている。

 そのような中、近年自民党や政府内で1つの「成功例」として注目を集めている国がある。ハンガリーである。2010年の1.25という世界最低レベルの数値だったハンガリーの出生率は、2021年には1.59まで改善している2。保育・児童手当、住宅購入補助、母親の所得税免除……これらはすべてハンガリー政府が近年実施している政策であるが、こうした多様な政策をどのように理解したら良いのだろうか。日本の今後の少子化対策へのインプリケーションは何なのであろうか。

ハンガリー家族政策の歴史と現在

 ハンガリーは冷戦期から家族政策を拡充してきた。1956年のハンガリー動乱の後に誕生し、「グヤーシュ社会主義」、つまり経済の一部自由化を進める改革など一定の生活水準の提供を通じてハンガリー独自の国民との妥協を図った3カーダール・ヤーノシュ政権(1956年~1988年)は、出産・育児休暇制度を1967年に導入し、その後、期間の延長(1969年)や対象の拡大(1982年)等を通じて拡充を図ってきた4

 ハンガリーの家族政策においては歴史的に現金給付に関係する政策が多い。ハンガリー動乱以後のカーダール政権時における家族政策は、中絶解禁によって生じた出生率低下に対する人口対策という側面があり、「完全雇用」のために労働力の供給抑制が必要であったこと、そして(保育園の整備などと比較して)現金給付のほうが容易であったという当時の事情が関係している5

 2010年に2度目の首相就任を果たしたオルバーン・ヴィクトルは、矢継ぎ早に改革を実行し規模を拡大してきた。例えば、2012年には2人以上の子供を持つ家庭に対して住宅補助金および利子補給金給付を支給する新しい住宅政策を導入し、2015年には1人以上の子どもを持つ家庭に対象が広がった現在の仕組み(CSOK)となり、その後も支給金額の拡充を中心に改革が進められてきた。また、2019年からは「出産ローン」という制度が創設され、結婚し出産を控えた夫婦に対して無利子で1000万フォリント(日本円で約410万円)のローンを提供している。さらには、度々日本のメディアでも取り上げられている、子どもを4人産むと母親の所得税(15%)が免除される制度も2020年1月から導入されている6

 少し古いデータであるが、支出の規模としても2017年の家族関連給付への公的支出(対GDP[国内総生産])の割合は3.5%(日本は1.8%)7とOECD(経済協力開発機構)諸国内でも上位の大きさである。こうした政策を、政策の種類に応じて分類すると表1のようになる。

表1:ハンガリーの家族政策の分類
出典:各種資料を基に筆者作成

税控除・独自政策・条件付きの支援に特徴づけられる家族政策

 近年のオルバーン政権の家族政策の特徴は何なのであろうか。表1を見ると現金給付制度が現在も手厚く、各ステージで手当が付与されている。しかし、現金給付の手厚さは過去の政権から続く特徴であり、規模を拡大させているとはいえ必ずしもオルバーン政権の特徴とは言えない。ハンガリーの家族政策の構造をケーキに例えたDorottya Szikra中央ヨーロッパ大学(CEU)客員教授の表現を借りれば、オルバーン政権の現金給付制度は「伝統的なケーキの土台はそのままにして、ホイップクリームとマジパンの飾りをのせた」にすぎない8

①税控除

 以上を踏まえると、現政権の家族政策をより特徴づけている政策は税控除の拡充であるといえよう。第一次オルバーン政権を含めて、2009年までの政権は基本的に家族に関する税控除を行っていなかったが、現在の比率はOECD諸国と比べてドイツ、チェコに続いて高いものとなっている9。近年導入された「子どもを4人産むと母親の所得税(15%)が免除される」税控除システムはその1つである。

②ハンガリー独自の政策

 2つ目の特徴としては、他の国にはない目新しいオリジナルな政策を数々打ち出しているということが挙げられる。オルバーン政権は、前述の住宅補助政策(CSOK)や4人以上の子どもを持つ家庭の母親の所得税免除に加えて、今年1月から導入した出産または養子縁組した母親の所得税免税(30歳未満)措置、受胎後および妊娠12週以降の給付金支給といったハンガリー以外では見られない措置を実行に移している。

③受給条件に潜む価値観

 また、家族政策の基準という視点から見ると、受給のための条件が色々と定められており、オルバーン政権の価値観も組み込まれていることが一つの大きな特徴であろう。例えば、前述の「出産ローン」は、(1)40歳以下、(2)初婚の夫婦、(3)3年以上の正規就労経験、(4)5年以内に子どもが生まれなかった場合即返金という多くの条件が付けられている。これは、オルバーン政権が掲げる、「就労に基づく国家」や「伝統的な家族の役割の回復」の考え方が受給の条件として反映されているといえる。

 しかし、「就労に基づく国家」という国家観は、自由主義国家でも福祉国家とは異なり、社会的な各種権利の付与が(民主主義国家のように無条件で付与されず)就労に紐づいた条件付きで権威主義的な国家観である10。また、オルバーン政権において、ジェンダー平等や性的マイノリティへの配慮は出生率低下の原因、そして男女間の結婚を前提とした「伝統的な家族観」への攻撃として捉えられており11、こうした価値観は、ハンガリーの家族政策の是非を考える前提として押さえておく必要がある。

 さらに言えば、近年の子ども手当の受給は学校の出席率と厳格に紐づけられているが、学校への出席率が少数民族や貧困レベルと関係しているハンガリーの事情を踏まえると、貧困対策および少数民族への配慮という視点からは疑問があり、オルバーン政権による貧困層・少数民族の軽視という特徴も垣間見える12

ハンガリー少子化対策「成果」の捉え方

 ハンガリー政府は、オルバーンが2回目の首相就任を果たした2010年と比較して、子どもに関する各種指標の数値が改善していることを指摘し、同政権の成果を強調している。2010年の1.25という世界最低レベルの数値だった出生率は、2021年には1.59まで増加した。

 2010年はリーマンショックの翌々年、つまり出生率を始めとした各種統計の数値が芳しくない時期であり、比較対象としては条件が異なる点が多くふさわしくない可能性がある。また、リーマンショック以後の出生率や婚姻数の向上は、周辺諸国(V4諸国)でも類似の伸びが見られていることから、必ずしもハンガリー政府の政策による効果であるとは限らない13

 しかし、それでも全体として指標が一定程度改善されているのは事実である。出生率は周辺諸国すべてで改善されているわけではなく、ポーランドのように伸び悩んでいる国も存在している。さらに、ハンガリーにおいては、婚姻件数も12年間で倍近く増えており(2010年 3万5520件→ 2022年 6万3967件)14、周辺諸国との人口比当たりの婚姻件数を比較するとハンガリーの婚姻件数の伸びは群を抜いていることがわかる(表2)。ハンガリーと同じく保守的な家族政策を打ち出しているポーランドと比較しても増加率は高い。

表2:人口千人当たりの婚姻件数
出典:ユーロ圏統計局Eurostatの数値をもとに筆者作成15

 一方で、個別の政策が必ずしも狙った通りの結果を生み出しているとは言い難い。3人以上の子供を持つ家庭に手厚い住宅補助政策(CSOK)をはじめとして、子どもが多くいる家庭に対して手厚い制度設計になっているにもかかわらず、1人目や2人目の出生率の改善が比較的大きく、3人目、4人目と増えると効果は小さくなっている(図1)。多種多様で重層的な政策パッケージを用意したことが、1人目や2人目の出生率が比較的大きく改善するという当初の狙いとは異なる効果を生んでいるのかもしれない。

図1:出生順位別の合計特殊出生率(TFR)
出典:The Human Fertility Database 1990-202016

日本への教訓

 これまでの議論をまとめると、ハンガリーの独自で税控除を特徴とする少子化対策は、全体としては一定の成果はみられるものの、必ずしも政府が意図した形での結果が出ているとは言い切れず、家族のあり方を政府が条件付けることの是非も軽視はできない。しかし、それでもハンガリーによる少子化政策は、以下に示す通り日本に多くの示唆を与えている。

 例えば、ハンガリー政府が矢継ぎ早に家族政策の充実を図ってきたことは、国民へ少子化対策に真摯に向き合うという「政治的意思」を示していると言うことができるのではないか。日本としては、1.8%しかない家族関連給付への公的支出(対GDP)の割合を増やすことで、国内外に少子化対策についての政治的なシグナルを発することが重要である。「こども未来戦略方針」には子ども予算の倍増が表明された。この方針を実際に実現できるかどうかが1つの試金石となろう。

 また、ハンガリーの事例からは、現金給付と現物給付のバランスという課題も浮かび上がる。ハンガリーの家族政策は「子供を持ちたい人、持っている人のすべてをカバーする」政策となっているとノヴァーク・カタリン大統領(取材当時は家族担当相)との主張に対して、新興政党「モメンタム」(野党)のエバ・セボク議員は、「保育や幼児教育、医療、福祉などの機関は資金不足状態だ」として設備投資の不足を指摘している17。「待機児童ゼロ」を掲げた第二次安倍政権にて待機児童問題に一定の改善が見られた日本にとっては、ハンガリーとは逆に給付の強化策を練る必要があろう。給付金の多少の増額では新たなインセンティブが生まれるとは考えにくく、インパクトのある「異次元の」少子化政策を定期的に考案し実施していくことが求められる。

 さらには、ハンガリーの事例は、長期的な少子化対策の必要性も示している。少子化対策は数十年単位で対策を講じていく必要があり、ハンガリー政府は権威主義化した体制を基盤として長期的に改革を行ってきた。一方で、日本を含めた民主主義国家において、政策を決める政治家の選挙や政権のサイクルは少子化対策のサイクルよりも短い18。かつて人口民間臨調が発表した報告書『人口蒸発「5000万人国家」日本の衝撃』(新潮社、2015年)では、「人口問題百年委員会」という、10年ずつに区切った各世代から男女1人ずつ代表を出してもらい、政府が出した人口政策の検証と評価を行い、10年ごとにメンバーを入れ替えながら、2100年まで政府の人口政策を見守る、という仕組みを提案した。政権により少子化対策への方向性や度合いが大きくぶれないような対策を検討しなければならない。

「静かなる有事」には、「政治的意思(予算)」「組み合わせ」「継続性」という観点から立ち向かう必要がある。

 

1]「令和4年(2022)人口動態統計月報年計(概数)の概況 」(厚生労働省、2023年6月2日)https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai22/dl/kekka.pdf

2]22.1.1.6. Live births, total fertility rate (Hungarian Central Statistical Office) https://www.ksh.hu/stadat_files/nep/en/nep0006.html

3]ハンガリー人社会学者のケミーニ・イシュトバーンによると、カーダール政権は、「ソ連との妥協(国内政策において一定の自主性を保ちつつも、外交ではソ連に同調)」、「国民との妥協(国民の生活水準の向上、共産党体制への異論は認めないものの国民の自由は一定程度認める)」、「党・国家官僚との妥協(譲歩は迫りつつも、慎重な経済改革を実施)」という「三重の妥協」に基づいて政権運営を行ったとされる(堀林巧『ハンガリーの体制転換』晃洋書房、1992年、p.190)。

4]堀林巧「ハンガリーの社会動向と福祉レジーム」『海外社会保障研究』No. 144 https://www.ipss.go.jp/syoushika/bunken/data/pdf/17067302.pdf

5]Makay Zsuzsanna. (2015)“Family Support System-Childraising-Employment” In Demographic Portrait of Hungary 2015. Hungarian Democraphic Research Institute;柳原剛司「オルバーン政権下のハンガリーの家族政策-『家族保護アクション・プラン』の検討-」福原宏幸、中村健吾、柳原剛司(編)『岐路に立つ欧州福祉レジーム』(ナカニシヤ出版、2020年)

6]「3人産んだらローンが帳消し、4人産むと所得税免除…ハンガリー大使に聞いた本当に"異次元"な少子化対策」(PRESIDENT Online、2023年2月7日)https://president.jp/articles/-/66232;「子育て予算「1.6%」 新味乏しい少子化対策-指標で読む参院選争点」(日本経済新聞、2022年6月28日)https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA239VQ0T20C22A6000000/

7]Public policies for families and children (OECD Family Database) https://stats.oecd.org/index.aspx?queryid=68246

8]Előd Fruzsina & Brückner Gergely. “A bankok és az építőipar etetésére épült a megszorítások miatt szűkülő családpolitika.”Telex, July 14, 2023. https://telex.hu/podcast/2023/07/14/tema-podcast-bruckner-gerovel-szikra-dorottya-babavaro-csok-szigoritas-megszoritas-illiberalis-szocialpolitika-joleti-allam-demografia

9]Social Expenditure - Aggregated data (OECD Statistics) https://stats.oecd.org/Index.aspx?datasetcode=SOCX_AGG

10]Zsuzsanna Vidra. (2018). "Hungary’s punitive turn: The shift from welfare to workfare." Communist and Post-Communist Studies 51.1: 73-80.; Dorottya Szikra and Kerem Gabriel Öktem. (2023). "An illiberal welfare state emerging? Welfare efforts and trajectories under democratic backsliding in Hungary and Turkey." Journal of European Social Policy 33.2: 201-215.

11]Victor Orbán. (2013).“The Role of Traditional Values in Europe’s Future.”Chatham House. https://www.chathamhouse.org/sites/default/files/public/Meetings/Meeting%20Transcripts/091013Orban.pdf; 仙石学.(2021).「中東欧諸国における子育て支援策の変容-世界金融危機以後の状況から」『ロシア・東欧研究』(50) 59-71.

12]Borbála Kovács “Three Decades of Family Policy Change in Hungary, Lithuania and Romania.” Sciences Po Center for International Studies, December 2021. https://www.sciencespo.fr/ceri/en/content/dossiersduceri/three-decades-family-policy-change-hungary-lithuania-and-romania

13]Balázs Kapitány and Zsolt Spéder. “Fertility” & Lívia Murinkó and Adél Rohr. “Partnerships and Marriage” In Demographic Portrait of Hungary 2018. Hungarian Demographic Research Institute, 2020. https://www.demografia.hu/en/publicationsonline/index.php/demographicportrait

14]22.1.1.21. Balance of marriages (Hungarian Central Statistical Office) https://www.ksh.hu/stadat_files/nep/en/nep0021.html

15]Marriage indicators (Euro Statistics) https://ec.europa.eu/eurostat/databrowser/view/DEMO_NIND/bookmark/table?lang=en&bookmark

Id=ca97e8f3-afd6-4435-acfe-2ddd08391bc4

16]Hungary, Period total fertility rates by birth order and period total fertility rates by birth order by age 40 (Human Fertility Database) https://www.humanfertility.org/Home/Index

17]川上珠実、服部正法「「国家が家族守る」 GDPの5%投じる、ハンガリーの“政策介入”」(毎日新聞、2022年1月27日)https://mainichi.jp/articles/20220127/k00/00m/030/234000c

18]白井一成、船橋洋一「人口蒸発「5,000万人国家」日本の衝撃:人口増加は必要か」(実業之日本フォーラム、2021年9月4日)https://forum.j-n.co.jp/narrative/2587/

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執筆者プロフィール
石川雄介(いしかわゆうすけ) 公益財団法人国際文化会館 アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)/地経学研究所 研究員補。1995年名古屋生まれ。明治大学政治経済学部卒、英国サセックス大学大学院修士課程(汚職とガバナンス専攻)修了、ハンガリー・オーストリア中央ヨーロッパ大学大学院修士課程(政治学)修了。トランスパレンシー・インターナショナルのハンガリー支部でのリサーチインターン、APIでのインターン(福島10年検証プロジェクト)及びリサーチ・アシスタント(CPTPP・検証安倍政権プロジェクト)等を経て現職。専門は、ヨーロッパ比較政治、現代日本政治、政策過程論、ガバナンス、教育と政治、反汚職政策。
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