「ハンガリーのプーチン」の勝利:「異端児」をめぐる米中「包容力の競争」時代が始まる

執筆者:石川雄介 2022年4月15日
エリア: アジア ヨーロッパ
「異端児」国家をルールに基づく国際秩序から疎外しないことが必要だ (c)bwagner99/Shutterstock.com

EUで唯一の独裁国家を率いるオルバーン首相の総選挙圧勝は、米バイデン政権が掲げる「権威主義陣営との対決」に完全には追従しない国の強かな地政学を浮き彫りにした。ロシアのウクライナ侵攻について曖昧戦略をとる国は、インドをはじめ少なくない。民主主義陣営が対中国「競争的共存」を進める上で、こうした「異端児」国家も疎外せずに連携を築く度量と包容力が問われてくる。

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「月から見えるほどの大勝利を収めた。(EU[欧州連合]本部がある)ブリュッセルからも確実に見える」

 4月3日に実施されたハンガリー議会選挙でオルバーン・ヴィクトル首相率いる右派与党「フィデス・ハンガリー市民連盟」が勝利し、オルバーン首相は4選(通算は5選)された。同日夜、オルバーンはブダペストでの支持者向けの演説でそんな風に吠えた。ブリュッセルにその勝利宣言を聞かせてやろうとでも言うように。

 野党は、ロシアによるウクライナ侵略を受けて、ロシアと親しい関係を築いてきたオルバーン首相を「ハンガリーのプーチン」と呼んで批判したが、結果はオルバーンの圧勝だった。与党は、憲法改正が可能となる3分の2を超える議席を獲得した。

 オルバーン首相が続投することが明らかになった今、ウクライナ戦争におけるハンガリーの対応が注目される。ウクライナ戦争の中でハンガリーは曖昧戦略をとっており、専制政治と民主主義の体制間競争という構図に当てはまらない。ハンガリーを含めたそのような「異端児」を包容することができるのかが、日欧米を始めとする民主主義陣営に問われている。

専制政治vs.民主主義の構図に当てはまらない存在

 ウクライナ戦争のさなかに、オルバーンは勝利した。それはウクライナにとっても米国とEUにとってもいささか「不都合な真実」であるに違いない。ジョー・バイデン米大統領がワルシャワでの演説で「ロシアは民主主義を握りつぶそうとしている」とロシアの専制政治体制を批判し、実はウラジーミル・プーチンが恐れているのはNATO(北大西洋条約機構)ではなく、ウクライナの民主主義であるとの見立てを表明した。ウクライナ戦争は民主主義国と専制主義国との戦争であるとするのである。そうだとするとハンガリーはこの構図にうまくあてはまらない「異端児」のような存在となる。ハンガリーはEUに加盟し、NATOに所属していながらも、民主主義の価値観は十分に共有していないからである。

 民主主義の度合いを自由主義、選挙制度、平等、参加、熟議の5つの観点から測定しているV-Demの指標において、ハンガリーはEUで唯一の独裁国家(選挙独裁主義)と認定されている。また、国際NGOフリーダムハウスによる自由度評価の指標においても、ハンガリーは「自由(free)」な国とはみなされておらず、EU唯一、「一部自由(partly free)」とランク分けされている。

 実際、先に述べたハンガリーの選挙は公正な選挙制度とはなっていない。与党のゲリマンダリング(gerrymandering)により野党を支持する層が多い地域は少数の選挙区にまとめられてしまっている。メディアについても、2020年に有力な独立系ニュースサイトであった「インデックス」が政府に近い実業家に実質的に買収され、オルバーンや与党を支持するように編集方針が変更されるなど、独立系のメディアへの統制は厳しさを増している。

 また、政敵への「攻撃」も激しい。リベラル派の投資家、ジョージ・ソロスが創設した中央ヨーロッパ大学(CEU)は、2017年の恣意的ともとれる法改正で外国大学の設置と運営を難しくされたことにより、一部の研究機関を除いてほとんどの大学機能のオーストリア・ウィーンへの移転を余儀なくされた。彼が設立したOpen Society Foundationsもハンガリーでの事業の拠点をドイツへ移した。EUやNATOに加盟しているハンガリーであるが、オルバーンが政権に返り咲いた2010年から10年ほどの間に、学問の自由や表現の自由といった様々な自由が次々に脅かされている。

ハンガリー外交の「曖昧性」

 ウクライナ戦争のなかで、オルバーン首相率いるハンガリーはどのような対応をしているのか。

 ハンガリー政府はロシアによるウクライナ侵略に対して反対の意を表明している。また、ウクライナからの難民についても40万人を超える難民を受け入れている(UNHCR[国連難民高等弁務官事務所]の統計によるとポーランド、ルーマニアに次ぐ第3位)。2015年の難民危機に対しても、2020年からの新型コロナウイルス感染症対策においても、反移民・反難民の姿勢を貫いてきたことを踏まえると特別な対応と言える。また、先日、ブチャ虐殺を受けてEUが決定したロシア産石炭の輸入禁止措置を含む経済制裁の第5弾には賛成の立場を表明している。

 一方で、政府系メディアはロシアによる侵略を正面からは否定せず、オルバーン首相とプーチン露大統領の関係についても報じていない。オルバーン首相は石油と天然ガスについては輸入禁止案に対して反対の姿勢である。このこと自体はドイツやイタリアと変わらないが、ロシア産天然ガスをルーブル建てで支払う用意があると踏み込み、ウクライナから「ウクライナ侵略を支援」していると非難された。ウクライナへの武器供与や、ハンガリーを経由した他国からウクライナへの武器供与にも「対立にかかわるべきではない」と反対している。

 ハンガリーの対応は、ロシアを刺激せず、かつEUとの関係も維持したいという曖昧戦略といってよいだろう。

 過去にもオルバーン政権のそのような曖昧戦略が垣間見られたことがある。2020年の第一波の新型コロナウイルス感染症対策がその一例である。欧州医薬品庁(EMA)はファイザー、モデルナ、アストラゼネカワクチンの認可を行ったが、ハンガリーはこれらに加えて独自にロシア製のスプートニクV及び中国製のシノファーム社ワクチンの緊急使用も承認した。中国と親密な関係を築くことでマスクの調達を行う一方で、日本からは緊急無償資金協力の一環として「アビガン」を受け取った。親プーチン路線を歩んできたオルバーンだが、何から何までロシア一辺倒というのでもない。2019年にソ連崩壊30周年を記念してジョージ・W・ブッシュ米元大統領の像を建てると発表してロシアの反感を買ったこともある。

 ハンガリー外交の曖昧性は、EU、ロシア、その他の大国のいずれにも飲み込まれることなく、独立性を維持したいがための便法でもある。ただ、ここには歴史的に大国の被害者であり続けてきたとの被害者意識が濃密に宿っている。この感情は別にオルバーンの独占物ではなく、それ以前から右派知識人の思想に脈打っている。オルバーンが過去の演説で何度も叫んだ「ハンガリー・ファースト」はまさにこの被害者意識のマグマの噴出でもあるのだ。

対中「競争的共存」の成功は「異端児」の包容がカギ

 しかし、今回のウクライナ戦争で曖昧戦略をとる国はハンガリーに止まらない。Quad(日米豪印協力)の枠組みで自由や民主主義、法の支配などの価値観を共有しつつ、安全保障上の連携を強めてきたインドも、ブチャ虐殺こそ非難したものの、全体的にはロシアのウクライナ侵攻に対する批判は控えめであり、国連でのロシア非難決議では棄権した。ロシアからの原油輸入拡大も検討している。サブサハラ・アフリカにおける経済大国である南アフリカもロシア非難決議には棄権した。ウクライナ戦争は、バイデン大統領が好んで措定するように民主主義陣営と権威主義陣営の対決という枠組みだけでは捉えきれない。

 ハンガリーの事例は、「異端児」とされる国のそれぞれの立場や思惑を見極めることの重要性を示している。なかでも重要なのは、それぞれの地政学的かつ地経学的な立ち位置である。「異端児」の事情を把握したうえで、日欧米を始めとする民主主義陣営がそれらの国々とコアリション(連繋・連立)を形成し、ルールに基づく国際秩序をともに構築していく度量が必要である。アジア太平洋においてはミャンマーやカンボジアがこうした「異端児」であるのかもしれない。バイデン政権が主催した民主主義サミットにはベトナムとシンガポールも招かれなかった。米国の尺度の民主主義像からはこの両国もまた「異端児」とされたのである。にもかかわらず、そのシンガポールは今回、対ロ経済制裁の「最前線国家」の一員である。中国との「競争的共存」を推進するのであれば、できるだけ幅広いコアリションを形成することが求められる。国々を「異端児」かどうかを識別しすぎることは、それらの国々を疎外し、コアリションを分断しかねない。EUはハンガリーという「異端児」を包容する必要がある。対中「競争的共存」も米中どちらがどこまで「異端児」を受け入れることができるかの包容力の競争となるだろう。

 

【主要参考文献】

Buzogány, Aron, and Varga, Mihai. “Against ‘post-communism’: the conservative dawn in Hungary,” In New Conservatives in Russia and East Central Europe, edited by Katharina Bluhm and Mihai Varga, p.70–91, London and New York: Routledge, 2018.

Lorman, Thomas. “Hungarian election: for Viktor Orbán, Ukraine is close but the elections are closer,” UK in a Changing Europe (UKICE), Mar 30, 2022, https://ukandeu.ac.uk/hungarian-election-viktor-orban-ukraine/

Person, Robert, and McFaul, Michael. “What Putin Fears Most,” Journal of Democracy, February 22, 2022, https://www.journalofdemocracy.org/what-putin-fears-most/

Tóka, Gábor. “Constitutional Principles and Electoral Democracy in Hungary.” In Constitution Building in Consolidated Democracies: A New Beginning or Decay of a Political System?, edited by Ellen Bos and Kálmán Pócza, p.309–329. Baden-Baden: Nomos Verlag, 2014.

Varga, Mihai, and Buzogány, Aron. “The foreign policy of populists in power: Contesting liberalism in Poland and Hungary,” Geopolitics 26(5), 2021, p.1442-1463.

Vaski, András. “Russia: Friend or Foe?,” Hungary Today, November 15, 2020, https://hungarytoday.hu/russia-hungary-relations-orban-putin-ties/ 

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
石川雄介(いしかわゆうすけ) 公益財団法人国際文化会館 アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)/地経学研究所 研究員補。1995年名古屋生まれ。明治大学政治経済学部卒、英国サセックス大学大学院修士課程(汚職とガバナンス専攻)修了、ハンガリー・オーストリア中央ヨーロッパ大学大学院修士課程(政治学)修了。トランスパレンシー・インターナショナルのハンガリー支部でのリサーチインターン、APIでのインターン(福島10年検証プロジェクト)及びリサーチ・アシスタント(CPTPP・検証安倍政権プロジェクト)等を経て現職。専門は、ヨーロッパ比較政治、現代日本政治、政策過程論、ガバナンス、教育と政治、反汚職政策。
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