中国バイオ企業との取引制限に“勘違い”? 米バイオセキュア法で浮かんだ「中国理解」の不安な現実

執筆者:高口康太 2024年5月14日
エリア: アジア 北米
2021年には中国のスマートフォン大手・シャオミ(Xiaomi:小米)が裁判を経て米国防総省のブラックリストから外れるなど、中国企業のデカップリングは一筋縄ではいかない難しさがある[ウーシー・アプテックのR&Dセンター=2023年6月6日、中国・上海](C)CFOTO/Sipa USA via Reuters Connect
「たとえるならアップルにとってのフォックスコン」(英エコノミスト誌)。上海に拠点を置くバイオテクノロジー企業、ウーシー・アプテックは大手製薬の創薬に大きな存在感を持っている。アップルにとっての台湾のiPhone組立メーカー、フォックスコンのように高品質なアウトソーシング先として、特に米国企業の研究開発の様々なプロセスを受託してきた。そのウーシー・アプテックが、米議会で立法手続きが進むバイオセキュア法の適用対象として名指しされた。政府や軍の傘下にある、米国の国家安全に脅威を与える、またはデータ流出のリスクのある企業というのが理由だが、実はこの認識にはごく初歩的な“勘違い”があるともされる。

 技術や経済を主戦場とした米中対立が続いている。もっとも、かつての東西対立とは異なり、米中両国は経済的に深く結びついている。対立が表面化した当初は、からまりあった経済関係を一刀両断にするデカップリングが唱えられたが、すべてを分断するのはあまりにもコストが高く非現実的だ。代わって、より現実的なデリスキング(リスク低減)や「スモールヤード、ハイフェンス」(一部の重要分野に限定した上で、厳格に管理することを意味する)がキーワードとして浮上した。

 相互依存的な世界経済の構造を維持しつつ、安全保障リスクを低減させる。これができれば理想的だが、そのためには規制すべき急所を確実に見抜くインテリジェンスがきわめて重要となる。だが、米国の中国理解にはその正確性はあるのだろうか?

 目下、米国そして世界の製薬業界を混乱させているバイオセキュア法の立法過程から透けて見えるのは、あまりにもお粗末な“中国理解”の現実だ。

ウーシー・アプテックの“指名”はサプライズ

 バイオセキュア法は昨年末から立法が始まった、超党派議員によって提出された法案である。米国人のDNA情報やヘルスデータが中国などの競合国に流出することを阻止するために、対象企業の米国事業を制限するという内容である。

 対象となるのは政府や軍の傘下にある、米国の国家安全に脅威を与える、またはデータ流出のリスクのある企業とされる。初期段階で名指しされた企業は遺伝子解析大手のBGI(華大基因)とその関連企業2社、そしてウーシー・アプテック(WuXi AppTec:無錫薬明康徳新薬開発)の4社だった。

 BGIがリストアップされたことに驚きはない。2020年には新疆ウイグル自治区の問題にからみ、BGIの一部関連企業は事実上の禁輸措置の対象となるエンティティーリストに掲載されている(今年3月にはさらに複数の関連企業がエンティティーリスト入りしている)。米政府がかねて警戒していた企業だ。

 しかし、ウーシー・アプテックの“指名”はサプライズだった。同社は製薬企業からの依頼を受け、新薬候補化合物の合成や機能評価など新薬開発の幅広い業務を支援するCRO(医薬品開発業務受託機関)大手である。

 一般的な認知度は低いCROだが……

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カテゴリ: 経済・ビジネス 政治
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執筆者プロフィール
高口康太(たかぐちこうた) 1976年、千葉県生まれ。ジャーナリスト、千葉大学客員准教授。千葉大学人文社会科学研究科博士課程単位取得退学。中国・天津の南開大学に中国国費留学生として留学中から中国関連ニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。中国経済と企業、在日中国人経済を専門に取材、執筆活動を続けている。 著書に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版、共著)、『中国S級B級論』(さくら舎、共著)、『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA、共編、大平正芳記念賞特別賞受賞)、『中国「コロナ封じ」の虚実 デジタル監視は14億人を統制できるか』(中公新書ラクレ)、『習近平の中国』(東京大学出版会、共著)など。
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