台湾ビジネス「有事」以前に備えるべき「3つのリスク」

執筆者:武田淳 2023年7月19日
エリア: アジア
今年6月、来日して外国特派員協会で記者会見する柯文哲・台湾民衆党党首 (C)時事
「有事」が懸念される台湾情勢だが、ビジネスリスクは「有事以前」から段階的に高まって行く。現時点では米国の唱える「デリスキング」の見極めが最優先だ。来年の総統選では政権交代による産業政策の変更もあり得る。さらに「有事」が現実味を増せば、加速する資本流出への備えが不可欠になる。

 

 台湾リスクといえば、まず浮かぶのが中国による武力統一、すなわち「有事」リスクであろう。確かに、中国の歴代政権は「一つの中国」原則、つまり、世界で中国はただ一つ、台湾は中国の不可分の一部であり、中華人民共和国が中国を代表する唯一の合法政府との認識を堅持している。そして、習近平政権は、今年3月の全人代(全国人民代表大会)でも「祖国統一のプロセスを揺るぎなく推進する」とし、中台統一に向けた強い意志を改めて示した。

合理的ではない「武力侵攻」

 問題は、その統一の方法である。習近平国家主席は、昨年10月の共産党大会で台湾との「平和統一」の方針を掲げた一方で、「決して武力行使を放棄せずあらゆる必要な措置をとるという選択肢を残す」とし、武力による統一の可能性を否定しなかった。その後、習主席の「新年のあいさつ」では「両岸の同胞が歩み寄り、手を携えて共に歩み」と、併存を印象付け統一色を薄める表現を使う場面もあったが、上記の通り、その後も統一路線は変わっておらず、ただ「一国二制度」の範囲内で「共に歩む」ことを目指していると考えておくべきだろう。

 では、武力統一の可能性は高いのか。ウクライナ侵攻を受けて日本を含む西側諸国が科した広範な分野での制裁に苦しむロシアの状況や、日本の防衛費大幅増や米軍のインド太平洋地域における軍備増強方針といった日米の抑止力増大、武力統一が失敗した場合に懸念される中国内の混乱、成功したとしても相当の規模が見込まれる人的・物的損害、さらには台湾内での強い反発など、統一により得られるメリットより失うものが大き過ぎて、武力侵攻が合理的な選択になるとは考え難い。

 一部には、中国が経済的低迷の長期化や国際情勢における孤立といった事態に陥る恐れが強まった場合、余力のあるうちに強硬な手段に出るのではないか、との指摘もある。ただ、そうしたシナリオが現実味を増すのは、中国が基本路線とする平和的な統一に相当の時間を要する懸念が生じた場合に限られよう。その意味で、中台統一を望まず現状維持方針を掲げる民進党の頼清徳党首が、来年1月の台湾総統選で勝利するかどうかが注目される。

有事リスクを左右する総統選

 その総統選の行方であるが、現時点では混戦、落ち着きどころを見通し難い状況にある。有力な候補として、2大政党の民進党から上記の頼清徳党首、国民党からは侯友宜・新北市長が出馬しているが、そこに第3の政党である台湾民衆党の柯文哲党首が割って入り、三つ巴の様相を呈している。民間シンクタンクの台湾民意基金会による最新6月20日の世論調査では、支持率は頼清徳が前月調査の35.8%から36.5%へ若干伸ばしトップをキープしたが、支持率を落とした侯友宜(5月27.6%→6月20.4%)に代わって2位に柯文哲が浮上(25.1%→29.1%)、トップを猛追している状況が確認された。

 支持率を年齢別に見ると、20~24歳では頼清徳の9%、侯友宜7%に対し柯文哲が67%と圧倒的であり、25~34歳で40%、35~44歳でも35%と最大の支持を得た柯文哲の若年層での強さが際立っている。逆に全体でトップの頼清徳は中高年層の支持を得ており、45~54歳では柯文哲の34%をやや上回る36%を獲得。さらに55歳以上では47%となり、3割弱にとどまる侯友宜や1割前後の柯文哲に大きく差をつけている。

 このように、現時点の世論調査は、台湾総統選において民進党が必ずしも優勢とは言い切れないことを示している。また、仮に中国が台湾を武力で制圧するとすれば、100万人規模の兵力や、それを運ぶ艦船を準備する必要があり、その準備にはかなりの時間がかかるとされる。そのため、中国が平和統一をあきらめ武力侵攻に踏み切るとしても、その時期は来年1月の総統選よりは後となろう。

「有事」が現実味を増せば加速する資本流出

 ビジネスにおけるリスクという意味では、「有事」以前に、より現実的なものがある。その一つが、武力侵攻が現実味を帯びてきた場合、資本流出が加速するリスクである。台湾有事への警戒が強まれば、台湾から海外へ資金を逃避させる動きが強まろう。その際、株式や不動産などの資産だけでなく、台湾ドルも売られるため、日本を含めた海外の企業や投資家が台湾内に保有する資産の価値は大きく下落することになる。

 もちろん、たとえ海外企業が資金を引き揚げたとしても、計算上は、台湾の企業や投資家などが資金を海外から戻せば埋め合わせることができる。台湾は半導体を筆頭に輸出産業が強く、海外から入ってくる投資資金よりも、輸出で稼いだ資金を海外に投資する方が大きいため、外貨準備が2022年末時点で5550億米ドル、GDP(国内総生産)の約7割もの規模まで積み上がっている(日本は1.2兆ドルでGDP比29%)。ただ、実際にそういう状況になれば、台湾の企業や投資家ですら、資金を海外に移そうとするだろう。ビジネス環境という観点では、「有事」が起こるかどうかよりも、起こるという懸念が強まった場合に見込まれる資金流出の方が、より現実的なリスクだと言える。

政権交代で産業政策の激変も

 来年の総統選で民進党が敗れ、親中国の国民党政権が誕生すれば、ひとまず「有事」リスクは後退しよう。台湾民衆党が政権を取った場合でも、同党は独立も統一も目指さないが中国との交流には肯定的であり、習近平政権にとっては直ちに排除すべきだという判断にはならないだろう。

 一方で、政権政党の交代に伴って産業政策も大きく修正されるとみられ、優遇される産業や企業も変わる。仮に国民党政権となり従来路線を否定、親中国的な政権運営となれば、脱原発など民進党政権が進めてきた政策が見直される可能性があるほか、民進党に協力的だった企業が中国とのビジネスにおいて逆風を受ける懸念もある。政権交代の少ない日本ではイメージが湧きにくいが、米国や韓国などのように2大政党制の国では、政権交代に伴って経済政策の方向性が修正され、業界によっては環境が大きく変わることも少なくない。台湾もまた同様である。

現時点で最も意識すべきは米国規制リスク

 より現実的に直面しているリスクは、米国が中国との競争を意識して強化した各種規制によるビジネス環境への影響であろう。該当する規制には、①対中輸出規制、②米国政府調達における規制(輸入規制)、③対米投資規制、④中国を念頭においた対外投資規制、など多岐にわたり、必ずしも中国との取引ないしは米国企業だけを対象にするものとは限らないため、実際にどういった企業のどのような取引が規制の影響を受けるのか、非常に分かりにくい。

 しかも、規制の対象は拡大傾向にある。今年5月のG7広島サミットでは、中国との「デカップリング」を目指しているわけではなく、あくまでもリスクを軽減する「デリスキング」だとされ、規制強化を緩めるかの印象を世間に与えた。しかしながら、その軽減したいリスクが、中国に対する経済面での依存度の高さや、先端分野における中国の存在感の増大だと考えている以上、「デリスキング」と対中規制強化の方向性は一致する。

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カテゴリ: 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
武田淳(たけだあつし) 伊藤忠総研・代表取締役社長/チーフエコノミスト。1990年 3月、大阪大学工学部応用物理学科卒業、2022年3月、法政大学大学院経済学研究科修了。1990年、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。第一勧銀総合研究所(現みずほ総合研究所)出向、日本経済研究センター出向、みずほ銀行総合コンサルティング部を経て、2009年1月、伊藤忠商事入社、マクロ経済総括として内外政経情勢の調査業務に従事。2019年 4月、伊藤忠総研へ出向。2023年4月より現職。
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