中国政治が模索する「新しい権力共有の均衡点」――集団支配から個人化へ、そのプロセスと現在地

執筆者:加茂具樹 2024年5月28日
エリア: アジア
習近平政治の政治エリートは、なぜ自らを窮地に追い込むのか[第14期全人代第2回会議での習近平国家主席=2024年3月8日、中国・北京](C)EPA=時事
中国政治はいま、1980年代以来の40余年とは異なる道を歩んでいる。習近平指導部の歩みは多くの権威主義政治のリーダーが試みる「権力の個人化」として理解することが可能だが、より重要なのは毛沢東の死後、「集団支配」こそが「正しい」意思決定だと認識してきた中国の政治エリートたちが、なぜ個人化を認めたのかという問いだろう。そのプロセスの起点、党内規則の策定や総書記制の運用に生じた変化などを通して、新しい権力共有の均衡点を模索する中国政治の現在地を捉える。

 中国は何処にゆくのか。急速な経済成長にともない国力を増大させた中国は、国際政治の力学に影響を与え、既存の国際秩序の変動を牽引する大国としての存在感を高めている。いったい中国は、その力をどの様に使おうとしているのか。しかし、中国をめぐる、より根源的な問いは政治にある。なぜ、一党支配は続くのか。支配はどの様に続くのか。この問いに答えるためには、中国政治の現在地を理解する必要がある。 

国務院総理の記者会見中止が発する問い

 2024年3月、全国人民代表大会(全人代)は、過去30余年続けてきた大会閉会直後の国務院総理記者会見を中止すると発表した。国務院総理の記者会見は、1988年4月の第7期全人代第1回会議の閉会後、李鵬国務院総理が実施したことからはじまる1。全人代は、1989年と1990年に記者会見を設けなかったが、1991年に再開し、それから2023年3月まで、毎年、開催してきた。

 国際社会が中国指導部の政策選好を把握できる機会は少ない2。会見の場での国務院総理の発言は、原則的で、形式的なものかもしれないが、その所作や、記者会見での発言とその後の報道内容の相違から、中国政治の方向感をつかみ取ることができるだろう。そのため日本を含めた海外の新聞報道は、この中止の決定を好意的に受け止めなかった。

 国際社会はいま、中国経済の持続的成長への課題に関心を持ち、習近平指導部の経済政策の方向性を理解する手掛かりを欲している。全人代や国務院総理の記者会見は、その絶好の機会と目されていた。そのため記者会見の中止は、中国政治の不透明性や不確実性を体現しているものだと捉えられた。 

 なぜ記者会見を中止したのか。大会の報道官は、当時、その理由を説明していた。報道官は、会期中に部長級(大臣クラス)の記者会見を増やし、また外交や経済、民生問題を主題とする記者会見を開催するなど、様々な方法で国内外の記者からの国政にかかわる質問に答える機会を用意しているから総理による記者会見を設けないことにした、と述べていた。

 しかし、国務院総理の発言がもつ政治的意味は重い。国務院総理は中央政治局常務委員であり、国務院の部長級の責任者の多くは中央委員会委員にすぎない。国務院総理記者会見の中止という決定が国際社会にあたえる影響力は、指導部の想像よりもはるかに大きい。もちろん指導部は、国際社会の批判を想定していたはずだ。中国政治の文脈を踏まえれば、そうした外からの批判よりも、内からの「中止する」という要求に応えることの意義の方が大きいのだろう。その目算は何か。国務院総理記者会見の中止という決定には、中国政治の現在地を理解するための様々な手掛かりが埋め込まれている。……

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
加茂具樹(かもともき) 慶應義塾大学総合政策学部長、総合政策学部教授 1972年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒、同大学大学院政策・メディア研究科博士課程修了(博士、政策・メディア)。在香港日本国総領事館専門調査員、慶應義塾大学法学部准教授を経て2015年、同総合政策学部教授。米カリフォルニア大学バークレー校東アジア研究所現代中国研究センター訪問研究員、台湾の國立政治大学客員准教授を歴任。2016年10月から2018年10月まで外務事務官(在香港日本国総領事館領事)。著書に『十年後の中国 不安全感のなかの大国』(一藝社)、『現代中国政治と人民代表大会』(慶応義塾大学出版会)など。共著・編著に『中国は力をどう使うのか』(一藝社)、『Political Economy of Reform in China』(Springer)、『「大国」としての中国』(一藝社)、 『現代中国の政治制度:時間の政治と共産党支配』(慶応義塾大学出版会)、『中国対外行動の源泉』(慶応義塾大学出版会)、『党国体制の現在 変容する社会と中国共産党の適応』(慶応義塾大学出版会)など。監訳・共訳書に『権力の劇場 中国共産党大会の制度と運用』(中央公論新社)、『北京コンセンサス』(岩波書店、2011年)がある。
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