無極化する世界と日本の生存戦略 (7)

中国とどう向き合うのか――相反する「二つの顔」の狭間の「戦略的互恵関係」

執筆者:加茂具樹 2023年12月30日
タグ: 中国 習近平 日本
エリア: アジア
「戦略的互恵関係」は、近年の日中関係を説明する重要な概念であったと同時に、一時的に「忘却された」概念でもあった[APEC首脳会議に出席した習近平中国国家主席=2023年11月17日、アメリカ・サンフランシスコ]
自らがルールを構築し「状況をつくりだす国家」へと変じようとしている中国は、国際秩序の変動を加速させる存在といえる。一方、現在の中国政治は、過去30年のあいだ歩んできた「制度化」の道を逆行しているような動きをみせており、国際社会はその予測不可能性が高まっていると捉えている。こうした中、11月の日中首脳会談では両国の「戦略的互恵関係」を再確認することが5年ぶりに提起された。競争と協調という二つの顔を見せる中国と如何に向き合うべきなのか。政治指導者の権力基盤や政治をかたちづくる制度やルール、その運用の実態を深く理解するリテラシーが求められる。

 中国は国際秩序の変動を牽引している主要なアクターである。急速な経済成長にともなう中国の国力の増大は、国際社会における力の分布に変化を生み、国際政治の力学に大きな影響をあたえている。

 国際社会が共有してきた価値と利益に対する認識は流動し、国際関係をかたちづくる制度や規範といったゲームのルールは動揺している。日本は、既存の国際秩序のなかで平和と繁栄を享受してきた。そうであるがゆえに日本は、この秩序の変動を感度良く捉え、冷静な現状分析が必要である。

「状況をつくりだす国家」中国

 中国が国際政治の力学の変化を牽引してきたことは、習近平指導部の自己認識の変化を促している。現指導部は、自らの外交を「中国の特色のある大国外交(「大国」外交)」と呼び、「中国は世界の中心に躍り出ようとしている」という認識を持つに至っている。

 2012年2月、当時、まだ国家副主席だった習近平氏は、米国紙の書面インタビューで「広大な太平洋両岸には中米両大国を受け入れる十分な空間がある」と語っていた。それから、およそ10年を経て、習氏は中国をより大きな存在として捉えている。2021年11月、ジョー・バイデン大統領との会談で習氏は、「地球は中米それぞれが共同の発展を受け入れるだけの十分な広さがある」と発言し、地球大のなかで中米両国を捉えていた。習氏の言葉のなかで、中米関係は「太平洋のなかの中米」から「地球のなかの中米」へと発展していた。

「大国」としての意識を強めてきた中国は、経済的成功を通じて増大させた国力を背景に、自国の経済成長と安全を維持するために必要な環境を構築する外交をおしすすめている。これが「大国」外交である。中国が捉える「大国」とは、「世界の平和の問題に影響をあたえる決定的な権力(パワー)」を有する国家である。

「大国」としての中国が追求するパワー(力)は、単なる経済力や軍事力の拡大だけではない。中国の政策文書から読み解くことができるパワーの具体的なかたちの一つが「制度性話語権1」(制度に埋め込まれたディスコース・パワー)である。

 国際社会は多様な国際組織と国際制度や規範(ゲームのルール)によって形作られている。中国は、そのゲームのルールへの影響力を行使し、自らの発展にとって良好な国際環境を構築する、という考え方のもとに、「制度性話語権」の強化を目的とした対外活動を展開している。

 こうして中国は、過去10年ほどの時間を経て(すなわち、習近平指導部の発足を経て)、自国の発展のために既存の国際秩序に適応するという「状況に適応する国家」から、自国の平和と発展にとって必要な国際秩序を構築しようとする「状況をつくりだす国家」へと転換した。かつてWTO(世界貿易機関)加盟(2001年加盟)に努めた中国の姿が前者である。中国が経済発展するためには、WTOに加盟し、自由貿易体制のもとでの賢いプレイヤーとして振る舞うことが必要である、と考える中国のことである。

 いま中国は、そうしたプレイヤーであることに甘んじるのではなく、ルールメイカーとなることを目指している。中国主導の経済連携の取り組みである「一帯一路」の提唱、G20やBRICS、SCO(上海協力機構)をはじめとする国際的な協力枠組みを積極的に活用しながら、中国は、グローバル経済ガバナンスのルールメイカー(国際公共財の供給者)としての役割を担おうとしている。そうした意思と決意を、最近の会議で中国指導部は次のように語っている。2023年12月28日に5年ぶりに開催された中央外事工作会議で、習近平氏は、「(中国は)国際的な影響力をもった、イノベーション・リーダーシップと道徳的魅力を備えた責任ある大国となった」と語ってみせていた2。これが「状況をつくりだす国家」の意味である。中国の対日外交もまた、当然、こうした中国の外交姿勢の変化のなかに織り込まれている。

中国と向き合う二つの領域

 日本はいま、「状況をつくりだす国家」である中国と二つの領域で向き合っている。一つは軍事安全保障の領域である。日中両国は、東シナ海の海洋秩序をめぐる競争と協力の主要なアクターである。いま一つは通商、経済の領域である。そこでは、RCEP(地域的な包括的経済連携)協定やCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)といった経済連携や自由貿易をめぐって競争と協力を展開している。

 日中関係は、1972年に国交が正常化してから51年、そして1978年に日中平和友好条約を締結してから45年の間、地域の平和に貢献し、地域と世界の経済発展を牽引してきた国際秩序である。

 しかし、この国際秩序はいま、人的にも経済的にも緊密であるにもかかわらず、典型的な相互不信というジレンマに陥っている。果たして中国が自国の平和と発展のために必要としている国際秩序と、日本が自国の平和と発展のために必要としている国際秩序は同じであるのか、といった問いすら提起されてしまう。

 東シナ海の海洋秩序をめぐる中国の実際の行動や、CPTPP加入をはじめグローバル経済ガバナンスに積極的に関与してゆこうとする中国の主張を踏まえて、日本の対中外交の行方を展望するのであれば、軍事安全保障の領域のみらず、通商経済領域において、「状況をつくりだす国家」として中国が国際社会に登場してきたという現実を日本は強く意識し、その対中外交を日本外交という大戦略のなかで構築し、説明してゆく必要がある。

「戦略的互恵関係」を再確認する

 最近、日中関係に、一つの動きがあった。

 2023年11月16日、日中両国はAPEC(アジア太平洋経済協力)首脳会議に出席する機会を捉えて、首脳会談をおこなった。同会談後に日本外務省が発信したプレスリリースは、両国首脳が日中関係の発展の方向に関する共通認識として、「『戦略的互恵関係』という考え方を再確認した」ことを明らかにした。

 すなわち「両首脳は、日中間の4つの基本文書3の諸原則と共通認識を堅持し、『戦略的互恵関係』を包括的に推進することを再確認した。その上で両首脳は、日中関係の新たな時代を切り開くべく、『建設的かつ安定的な日中関係』の構築という大きな方向性を確認した」という。

「戦略的互恵関係」とは何か。……

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
加茂具樹(かもともき) 慶應義塾大学総合政策学部長、総合政策学部教授 1972年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒、同大学大学院政策・メディア研究科博士課程修了(博士、政策・メディア)。在香港日本国総領事館専門調査員、慶應義塾大学法学部准教授を経て2015年、同総合政策学部教授。米カリフォルニア大学バークレー校東アジア研究所現代中国研究センター訪問研究員、台湾の國立政治大学客員准教授を歴任。2016年10月から2018年10月まで外務事務官(在香港日本国総領事館領事)。著書に『十年後の中国 不安全感のなかの大国』(一藝社)、『現代中国政治と人民代表大会』(慶応義塾大学出版会)など。共著・編著に『中国は力をどう使うのか』(一藝社)、『Political Economy of Reform in China』(Springer)、『「大国」としての中国』(一藝社)、 『現代中国の政治制度:時間の政治と共産党支配』(慶応義塾大学出版会)、『中国対外行動の源泉』(慶応義塾大学出版会)、『党国体制の現在 変容する社会と中国共産党の適応』(慶応義塾大学出版会)など。監訳・共訳書に『権力の劇場 中国共産党大会の制度と運用』(中央公論新社)、『北京コンセンサス』(岩波書店、2011年)がある。
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