中国「謎の巨大工事」を合成開口レーダーで透視した――核の「最小限抑止」戦略は変わったか

執筆者:小泉悠 2024年7月5日
タグ: 中国
エリア: アジア
砂漠に立ち並ぶ膨張式エアテントはそれぞれ縦横70mに及ぶ[哈密(ハミ)に設置されたエアテント](C)2021 Maxar Technologies
米ソに対して明確に劣る核戦力しか持たなかった中国は、冷戦期から一貫して先制不使用と確実な「第二撃」を前提にする「最小限抑止(minimal deterrence)」戦略を採ってきたと考えられる。だが、近年の急速な核戦力増強は、新たな核戦略思想に結びついてもおかしくない。中国は内陸部砂漠地帯でICBMサイロと見られる多数の土木工事を行っているが、これまでエアテントで覆われたその内側を観察することは難しかった。小泉氏らのグループは、合成開口レーダー(SAR)を搭載した衛星を利用しエアテント内部を捉えることに初めて成功、核戦力増強の実態に迫った。

 中国の核戦略が大きな曲がり角を迎えている。

 米国をも上回る世界最大の兵力(2024年時点の推定では203万5000人)を擁し、質的にも近代化を進めてきた中国人民解放軍だが、核戦力だけは米露に大きく後れをとってきた。冷戦終結後、米露の核戦力は徐々に縮小されながらも依然巨大な規模を誇ってきたのに対し、中国のそれは、比較的小規模なままに留まってきたのである。

 以下の表に示すように、2000年代半ばまでの中国の核戦力は五大核保有国の中では最小であり、2010年代に入っても英仏とほぼ同水準であった。ところが2020年になると、中国の核弾頭保有数はフランスを抜いて世界第3位となり、2024年となると両国に倍ほどの差をつけるに至っている。

増える中国の核弾頭

出典:Federation of American Scientists, The Bulletin of the Atomic Scientistsより筆者作成

 しかも、中国の核戦力増強はこれに留まらない。米国防総省が毎年公表している議会向け報告書『中華人民共和国に関わる政治・軍事的展開』(以下、『中国軍事力報告書』)の2023年度版は、2030年までに中国の核弾頭保有数が1000発に達する可能性を指摘しており、500発というのはまだ「道半ば」と見ておくべきであろう。

 ちなみに上掲の表に示す米露の核弾頭保有数のうち、実際に配備されているのは1500発前後と見られる(残りは戦術核弾頭や予備弾頭、あるいは軍縮条約のカウント・ルール上、計算に含められない分)。これに対して中国の500発はいずれも「運用状態にある(operational)」とされているから、これが1000発に達するなら、中国の核戦力は近く米露の3分の2程度に達することが見込まれる。

「中国の核」をめぐって何が起きているのか。筆者らのグループはこれについて大規模な研究を実施し、その成果を報告書(https://roles.rcast.u-tokyo.ac.jp/uploads/publication/file/75/publication.pdf)にまとめた。本稿は、そのエッセンスを一般向けにまとめ直したものである1

中国式核戦略としての「最小限抑止」

 1964年に初の核実験に成功して以降、中国の核戦略にはかなりの一貫性があった。

 冷戦期の米ソは、仮に第一撃(先制攻撃)を受けても互いの国土を壊滅させられるだけの第二撃(核報復)能力を持つ戦略、いわゆる相互確証破壊(mutual assured destruction: MAD)を採用したことで知られる。だが、当時の中国には、これと同じことをするだけの経済力や技術力はなかった。代わって採用されたのが、「最小限抑止(minimal deterrence)」戦略であり、第一撃を受けても少数の核戦力が生き残り、確実に第二撃を行える能力が目指された。

 ただ、ここで想定される第二撃は、米ソのそれと同じものではない。

カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
小泉悠(こいずみゆう) 東京大学先端科学技術研究センター准教授 1982年千葉県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修了。民間企業勤務を経て、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員として2009年~2011年ロシアに滞在。公益財団法人「未来工学研究所」で客員研究員を務めたのち、2019年3月から現職。専門はロシアの軍事・安全保障。主著に『軍事大国ロシア 新たな世界戦略と行動原理』(作品社)、『プーチンの国家戦略 岐路に立つ「強国」ロシア』(東京堂出版)、『「帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略』(同)。ロシア専門家としてメディア出演多数。
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