
4年目に突入したロシア・ウクライナ戦争は依然として終結の兆しが見えていない。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、交渉に際して「紛争の根本原因の除去」という極めて高いハードルを設けており、2025年2月から本格的に始まった米国のドナルド・トランプ政権による仲介外交も目立った成果が出ておらず、戦場では夏に向けてロシア軍が攻勢を強める構えだ。こうした状況を踏まえ、ロシアへの圧力を強めるべく、英仏を中心に欧州諸国は対露制裁の強化を模索している。5月20日、欧州連合(EU)は、ロシア産石油製品の取引上限価格の規制を回避する「影の船団」の指定船舶を大幅に増やす第17次制裁パッケージを承認するなど、ロシアの継戦能力の低下を狙って、様々な策を講じている。
一方のプーチン大統領は、キリール・ドミートリエフ対外投資・経済協力担当大統領特別代表をトランプ政権との外交窓口に据えて、「北極」や「レアアース」をキーワードに経済関係の正常化交渉に取り組んでいる。ただし、トランプ政権の対露外交政策を巡る不確実性は高く、態度が急変する恐れもあることから、ロシアは同時に、ロシア・ウクライナ戦争下における対露経済制裁を意識した戦時外交、すなわち中国、インドなどのBRICS諸国、イラン、北朝鮮との軍事関係の強化も継続して進めている。対露経済制裁の回避(あわよくば緩和)を戦略目標として、トランプ政権や「非西洋世界」との紐帯を強める動きが活発化しており、その中で、ロシアの戦略正面として北極正面や広くアジア正面における海洋政策を重視する姿勢が見受けられる。その一例が海洋参議会の設置とニコライ・パートルシェフの議長職登用である。
単なる合議体ではなく、実働部隊を抱える国家機関
2024年8月13日、プーチン大統領は海洋参議会の設置を定めた大統領令に署名し、海洋参議会の規程及び構成員が定められた。海洋参議会は、議長、副議長、担当書記、委員、合わせて総勢58名から構成され、議長にはプーチン大統領の最側近で直前の5月まで安保会議書記を務めていたパートルシェフ大統領補佐官(造船担当)を任命した。パートルシェフ海洋参議会議長を支える副議長は3名体制で強力な布陣である。一人は安保会議副書記として長年パートルシェフを支えたセルゲイ・ヴァフルコーフ大統領府国家海洋政策局長で、パートルシェフが自らの配置転換に伴い彼を安保会議事務機構から大統領府内部部局に引き抜いたものと見られる。このほか、エネルギー畑でテクノクラートのユーリ・トルートネフ副首相兼極東連邦管区大統領全権代表、鉄道軍出身で輸送畑のイーゴリ・レヴィーチン大統領顧問がそれぞれ海洋参議会副議長に任命された。なお大統領府内部部局の国家海洋政策局が海洋参議会の事務局に指定され、国家海洋政策局次長は海洋参議会の担当書記に任命されていることから、海洋参議会は、単なる合議体ではなく、実働部隊となるクレムリンの国家官僚を抱える国家機関である。
ただ、58名の大所帯からなる海洋参議会は、複数のブロック(評議会)に分かれている。

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