ロシアの北朝鮮接近を担う「官邸外交」「軍需産業」人脈――ショイグー安保会議書記の新たな役割

執筆者:長谷川雄之 2024年12月10日
エリア: アジア ヨーロッパ
国防相から安保会議書記に転じたショイグーの人事を失脚とみるのは早計である[北朝鮮を訪問し金正恩国務委員長と談笑するショイグ―安保会議書記(左)=2024年9月14日](C)AFP=時事[2024年9月14日](C)AFP=時事
ロシアの北朝鮮接近は、プーチン長期政権でより顕著になっているトップダウン型の官邸外交が主導する形で進んできた。その一つの結節点が包括的戦略パートナーシップ条約の批准であり、一部では失脚したとの見方もあるショイグー安全保障会議書記はいまも重要な役割を果たしている。同時に、ロシア・ウクライナ戦争を継続する過程で行われてきた軍需産業領域の体制強化でキーパーソン的な位置づけを占める人々が、この官邸外交に深く関わっていることが注目される。

 2024年11月9日、ウラジーミル・プーチン露大統領は、連邦法律「露朝包括的戦略パートナーシップ条約の批准について」に署名した。ロシア連邦議会上下両院の審議プロセスを経て、露朝条約は、本格的な運用のフェーズに入った。もっとも、10月初旬から北朝鮮兵士がロシア国内へ移動し、ロシア軍による訓練を受けた上で、対ウクライナ戦争の前線に投入されるのではないかとの報道が出始めた。後にNATO(北大西洋条約機構)のマルク・ルッテ事務総長が明らかにしたように、北朝鮮兵士は、ウクライナ軍による越境攻撃を受けたロシア西部クルスク州において活動しているようだ。

 ロシア軍は、クルスク州の被占領地域を奪還すべく「対テロ作戦」を実施しており、プーチン大統領の側近アレクセイ・デューミン大統領補佐官(連邦警護庁出身者)が全般調整を担っている。北朝鮮兵士による活動が露朝条約の批准前から開始されたことに加え、北朝鮮からロシアへの砲弾の提供など軍需産業領域における露朝関係は、2024年6月の両国首脳会談以前から取り沙汰されていた。露朝関係は伝統的に「ブラックボックス」であるが、ロシア・ウクライナ戦争下において、より一層その傾向を強め、関係が急速に進展していた。水面下で構築された露朝関係を法的枠組みの中で制度化したものが「露朝包括的戦略パートナーシップ条約」である。

官邸外交:ロシア外交の制度的特徴

 2022年以降のロシア・ウクライナ戦争下において、露朝関係は、ロシアによるP5(国連安保理常任理事国)の立場を活用した対北制裁を巡る国連外交に始まり、徐々に軍事関係の強化へとシフトする。その中心的役割を担ったのが、セルゲイ・ショイグー安全保障会議書記(前国防相)である。2023年7月に訪朝した際には金正恩総書記と会談し、北朝鮮の装備品展示会を共に視察したほか、軍事パレードにも出席した。さらにコロナ後初となる露朝首脳会談が9月にロシア極東アムール州で開催されると、ショイグー国防相は、戦時の軍需産業政策を担うデニス・マーントゥロフ副首相兼産業・通商相らとともに露朝最高指導者間の交渉プロセスに参加した。

 さらに翌2024年3月には、セルゲイ・ナルィシキン対外諜報庁(SVR)長官が訪朝し、李昌大(リ・チャンデ)国家保衛相ほか同省職員らと会談した。その後、6月にはプーチン大統領が24年ぶりに訪朝し、「露朝包括的戦略パートナーシップ条約」への署名に至る。

 この一連の対北朝鮮外交を巡るプロセスでは、ロシア外交の制度的特徴が顕著にあらわれている。外務本省と在外公館を軸とした外務省主導の外交活動とクレムリンを中心とした官邸外交が併存しており、前者は在外公館の管理運営や領事部門などルーティンの業務が中心で、後者はプーチン大統領を中核とするインナーサークルのメンバーが主導するトップダウン型の外交である。憲法第86条(a)では「大統領は外交政策を指揮する」と規定されており、外務省も大統領管轄省庁であることから、制度設計上は大統領を中心としたピラミッド型の指揮命令系統(大統領―外務大臣―外務本省―在外公館)が想定されている。ただし、大統領の補助機関である大統領府には内部部局として外交政策局が設置されているほか、前出の対外諜報庁や、連邦保安庁、連邦警護庁といったシロヴィキ官庁の政治的影響力、参謀本部情報総局(GRU)の対外工作などを考慮すれば、ロシア外交を取り巻くアクターは非常に多く、必ずしも制度設計通りの運用がなされているとは言えない。むしろ、プーチン長期政権が個人支配化する中で、トップダウン型の官邸外交がより顕著になっていると言えよう。

 この官邸外交で中核的役割を果たすのが、ロシア連邦安全保障会議であり、その常任メンバーである。

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
長谷川雄之(はせがわたけゆき) 防衛研究所地域研究部米欧ロシア研究室主任研究官。上智大学外国語学部ロシア語学科卒。東北大学大学院文学研究科歴史科学専攻博士後期課程修了。博士(学術)。日本学術振興会特別研究員PD、広島市立大学広島平和研究所協力研究員、防衛研究所研究員を経て2024年より現職。専門は現代ロシア政治・外交。
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