ドイツ極右政党AfDが「移民数の上限」を要求しない理由

執筆者:熊谷徹 2025年10月2日
タグ: ドイツ 移民
エリア: ヨーロッパ
ミュンヘン中央駅で、地方の宿泊施設へ向かうバスに乗り込むシリア難民たち[2015年9月7日](写真はすべて筆者撮影)

 ドイツは自らを移民国家と定義し、高技能・高学歴移民の受け入れ条件を緩和している。意外なことに、難民受け入れに批判的な極右政党ドイツのための選択肢(AfD)すら移民の数の上限を要求していない。なぜなのか。

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 ドイツは、日本に比べると多文化社会であり、様々な民族が住んでいる。人口のほぼ3人に1人が外国人か、ドイツに帰化した外国人、つまり移民系市民だ。私が住むミュンヘンでは、人口の半分近くが、移民系だ。政府は「我が国は移民国家だ」と定義しており、自活することができ、勤勉な外国人の移住を奨励している。

 私は、この国に35年前から住んでいる経験に基づいて、様々な国から来た市民が共生することは可能だと考えている。海に囲まれている日本とは異なり、9カ国と国境を接しているドイツには、中世以来様々な民族が流れ込んできた。それだけに、ドイツ人たちは、我々日本人よりも「外国人慣れ」している。

移民という言葉だけでは全てを表現できない

 日本で行われている外国人受け入れについての議論では、ある国にやってくる全ての外国人が「移民」と表現されているが、この言葉だけではドイツの現状を的確に表現できない。

 たとえばドイツ政府は、この国の経済界が必要とする技術や知識を持った外国人を、インドなどEU(欧州連合)域外の国からも積極的に迎え入れようとしている。彼らは高技能・高学歴移民である。

 ドイツに住んでいる外国人の大半は、ドイツ政府から滞在許可や労働許可を取得し、社会保険料や税金を納め、法律や規則を守り、現地の価値観や習慣を尊重する移民だ。

 ドイツに移住する理由は、様々だ。ドイツの文化や歴史に関心を持ってやってくる人、自動車が好きで、ドイツの機械工学を勉強して、車メーカーで働くためにやってきた人、ドイツに腰を落ち着けて、お金を稼ぎながら、欧州の様々な国へ旅行したいと思ってここに来た人、ドイツの大学や研究機関で自分の研究を続けるためにやってきた人、ドイツの会社の給料の方が、自国の会社よりも高いのでドイツに来た人、旅先で知り合ったドイツ人と恋愛関係になり、結婚するためにドイツに来た人など、移住の理由は千差万別だ。

 ドイツは自国をカナダなどと同じ「移民国家」と定義しており、こうした移民の受け入れには寛容だ。ドイツでは、原則として5年間滞在して、税金や社会保険料などを払い、法律に違反しなければ、無期限の滞在許可を取れる。私の滞在許可も無期限だ。ドイツの滞在許可は自国のパスポートとひも付けられているので、日本のパスポートが有効である限り、更新の必要はない。

 だが周辺の国と陸続きであるドイツには、母国での戦争や政治的迫害から逃れて、避難しようとする人々もやってくる。難民(refugee)と呼ばれる人々だ。ドイツの基本法(憲法)の第16条a項は、個人の亡命権を保障している。このため、ある外国人が母国に留まっていたら、政治的・宗教的な理由により個人として訴追され、処刑や拷問など生命や健康への危険があると判断された場合には、ドイツ政府は人道上の理由から滞在を認める。このカテゴリーの外国人はまず3年間の滞在を許され、延長することができる。5年間滞在すれば、無期限の滞在許可を得ることができる。

 また出身国外に避難しているが、出身国に帰ると政治的、宗教的な理由などによって迫害、訴追される恐れがある外国人に対しては、ドイツ政府はジュネーブ難民条約(亡命申請法第3条)に基づいて、ドイツへの亡命を認めることができる。

 また個人的に訴追されていなくても、自国に住み続けると、戦争・内乱などによって著しい損害を受ける可能性がある場合には、ドイツ政府は亡命申請法第4条に基づく庇護(Subsidiärer Schutz)を与えることができる。庇護による滞在可能期間はまず3年間だが、延長することができる。

 また亡命申請が却下されても、ドイツから出身国に強制送還することが、欧州人権条約に違反すると認定された場合、その外国人をドイツから追放することは禁止される。外国人が病気にかかっている場合などが、このケースにあたる。ただしドイツへの滞在期間は、1年間に限られる。

 つまり難民も、ドイツ政府によって亡命申請や庇護申請を認められれば、合法的な移民である。

 だが難民たちはしばしば財産を持たずに着の身着のままで逃げて来る。パスポートすら持っていない人もいるので、身元の特定や審査には時間がかかる。ドイツ語を学び、仕事が見つかるまでは生活保護に頼らざるを得ない。

 外国人がドイツに到着して亡命を申請しても、調査の結果、母国で戦争の危険や政治的迫害にさらされていないことがわかれば、政府は滞在を認めない。こうした外国人は、飛行機に乗せられ、母国へ向けて強制退去させられる。彼らが国外退去を拒否し、行方をくらましてドイツに残った場合は、法律違反となる。彼らは不法移民であり、警察に見つかった場合は拘束された後、国外に退去させられる。

 ただし亡命を認める理由がなくても、その外国人が病気にかかっていたり、幼い子どもを伴っていたりといった理由で強制退去が難しいと判断された場合には、人道的な見地から一時的に滞在が認められる場合もある。これをDuldung(人道的な見地からの一時的な滞在の容認)と呼ぶ。こうした外国人は原則として、病気が治った場合などには、ドイツを去って母国に戻らなくてはならない(一時的に滞在を容認された外国人でも、例外的にドイツでの滞在許可を与える制度もある)。

 このようにドイツに滞在している外国人のステータスは様々であり、「移民」という言葉だけではその状態を的確に表現できない。ここまでの説明で、高技能・高学歴移民と、難民を同じ「移民」という言葉で同列に並べられないことはご理解頂けると思う。だが日本では、しばしば高技能・高学歴移民、難民、不法移民が「移民」という言葉で一括りに表現され、混同されている。

 ドイツでは、高技能・高学歴移民の受け入れを規制するという動きはない。ドイツは逆にそうした移民を増やそうとしている。

 高技能・高学歴移民、難民、不法滞在者などを「移民」という言葉で一括りにすることは、全ての外国人について悪いイメージを与えるので、私は適切ではないと考えている。

 ドイツで問題になっているのは、高技能・高学歴移民や真面目に働いて税金や社会保険料を納める外国人の増加ではない。問題視されているのは、シリア内戦のために2015年に頂点に達した、難民数の急増と、ドイツへの亡命申請を却下された外国人の強制退去が遅れていることである。

 2017年の連邦議会選挙で、極右政党AfDの得票率が爆発的に増えた主因が、イスラム教徒が多い国からの難民の増加、それに対する市民の不安や反感であることは否定できない。AfDはSNSを巧みに使い、人々の難民に対する不安感を利用して、自分たちへの票を増やすことに成功した。

 今ドイツなどEU加盟国が行っているのは、亡命資格がない外国人の受け入れ規制の強化や、亡命申請を却下されたり、罪を犯したりした入国者の国外追放を加速することである。

ミュンヘン中央駅に到着したシリア難民たち

労働力53万人が不足している

 その一方でドイツ政府は、高い技能や学歴を持つ合法的移民については、受け入れを促進している。その理由は深刻な労働力不足だ。たとえばドイツ経済研究所(IW)が2024年10月に公表した研究報告書によると、この国では技能を持つ労働力53万人が不足している。

 ドイツ連邦統計局の予測によると、2018年の就業可能人口(20歳~66歳の市民)は5180万人だった。同局は、2035年には就業可能人口が2018年に比べて最高11.6%(600万人)、2060年には最高22.8%(1180万人)減ると予測している。

 このためドイツ政府は、この国の経済水準や社会保障制度を維持するために、合法的移民を増やすことが不可欠だと考えている。政府は、毎年合法的な移民の純増数を40万人にすることを目指している。純増数とは、ドイツに移住する外国人の数から、ドイツを去る外国人の数を引いたものだ。

 連邦統計局が2022年に発表した、人口予測調査の結果によると、2020年の就業可能人口は5160万人だ。毎年の移民の純増数が18万人の場合、2070年の就業可能人口は4050万人になる。これは、就業可能人口が2020年比で1110万人も減ることを意味する。

 これに対し移民の純増数が40万人の場合、2070年の就業可能人口は5090万人になる。就業可能人口の減少幅は、2020年比で70万人に留まる。つまり、今合法的な移民の数を増やすことで、50年後の就業可能人口の減少のショックを和らげることができる。

高技能・高学歴移民の受け入れ条件を緩和

 前のオラフ・ショルツ政権は、合法的な移民特に高い学歴や技能を持つ外国人の受け入れ数を増やすための措置を取り始めた。たとえば同政権は、専門職業人移民法を2023年8月19日に改正した。

 この中で最も重要なのが、2024年6月1日から、カナダの制度を見本にして、ポイント制度「チャンスカード」を導入したことだ。

 1990年代には、EU域外の国の外国人は、企業から招聘されなければ、ドイツでの滞在許可や労働許可を得られなかった。

 政府はこの問題を解決するために、外国人がチャンスカードを取得すればドイツに1年間まで滞在して、仕事を探せるようにした。チャンスカードの判定基準は、学歴、職業に関する資格や技能の有無、外国での就労年数、ドイツ語と英語の能力などだ。

 また高学歴を持つ外国人に対して支給される滞在・労働許可ブルーカードについても、2023年11月から条件が緩和された。たとえば2020年には、EU域内で最低5万5200ユーロ(938万円・1ユーロ=170円換算)の年収を稼げることを証明できないとブルーカードを支給されなかった。2023年11月以降は、この最低年収額が約18%引き下げられ、4万5300ユーロ(770万円)になった。

 さらにドイツ政府は、外国人が長期間ドイツに住みたいと思うように、様々なインセンティブも用意した。連邦参議院は、2024年2月2日に国籍法の改正案を可決した。これまでEU域外からの外国人は、ドイツの滞在許可を取得してから8年経たないと、ドイツ国籍を取得できなかった。ショルツ政権は今回の法改正により、この期間を5年間に短縮した。連邦統計局によると、2024年には29万1955人の外国人が、ドイツに帰化した。その数は前年比で46%増えた。

 外国人の子どものドイツ国籍取得も容易になる。ドイツに住む外国人の夫婦の内、夫か妻が5年間ドイツに滞在し、無期限の滞在許可を持っている場合、子どもは自動的にドイツの国籍を取得できる。

 今回の法改正により、EU域外からの外国人がドイツ国籍を取っても、出身国の国籍を放棄する必要はなくなった。ドイツ政府は長年、二重国籍について消極的だった。その国が方針をがらりと変えたのは、「移民を増やさないと国がもたない」という危機感の表れだ。

AfDも上限設定は要求せず

 その危機感は、AfDすら、今年2月の連邦議会選挙のために公表したマニフェストの中で外国からの専門職業人の受け入れの重要性を指摘していることにも見て取れる。この中でAfDは難民と高技能・高学歴移民を混同せず、区別している。

 同党は、「2015年以来、ドイツは欧州で不法移民の入国により最も大きな負担を負わされている。亡命申請天国のようになっているドイツの現状を変えるべきだ」と主張し、ドイツへの亡命申請は国外で行うことを義務付けることや、アフガニスタン難民の受け入れプログラムの停止、難民への社会保障給付を現金からペイカード(食料品などを買うための公的なクレジットカード)に切り替えることなどを提案している。

 だがその一方でAfDは、マニフェストに「我々は高技能の外国人のドイツへの移住が我が国の経済に貢献する限り、こうした外国人の移住を歓迎する」と明記している。特にAfDは、IT部門や自然科学、手工業、医療分野のように労働力不足が深刻なスキルを持った外国人のドイツへの移住に賛成している。

 AfDの高技能・高学歴移民に対する姿勢は、ショルツ政権や現在のフリードリヒ・メルツ政権とほぼ同じだ。AfDは「MINT(数学、情報工学、自然科学、技術系)の技能を持った外国人を積極的に受け入れるべきだ」として、前述のEUのブルーカード制度をさらに発展させるべきだと主張している。

 さらにAfDは、合法移民の受け入れ数や、人口に対する比率の上限も提案していない。2015年のシリア難民危機の際に、保守政党キリスト教社会同盟(CSU)のホルスト・ゼーホーファー党首(当時)は、「ドイツの毎年の難民受け入れ数は、20万人に限るべきだ」と要求したが、当時首相だったアンゲラ・メルケル氏は、「憲法が保障している亡命申請権に上限はない」として拒否した。

 ザクセン州のミヒャエル・クレッチュマー首相(キリスト教民主同盟・CDU)は2024年3月に、「難民の年間受け入れ数は5万~6万人に制限するべきだ」と提案したことがあるが、当時のショルツ政権は拒否した。現在のメルツ政権も、難民や合法移民の受け入れ数に上限は設けていない。

 ただしAfDは、「ドイツの介護施設で働く人が不足している理由は、給料の低さや労働条件などが原因だ。したがって、多数の外国人労働者を受け入れて介護施設で働かせる前に、まず介護職に従事する市民の待遇を改善することによって、介護施設で働くドイツ人の数を増やすべきだ」と主張している。

 2017年には、AfDは憲法が保障する亡命申請権の廃止を要求していた。しかし2025年の連邦議会選挙のために公表したマニフェストの中では、この提案は言及されていない。より多くの有権者の支持を得るために、AfDが政策を穏健化させていることの表れと見られる。

 AfDが難民と高学歴・高技能移民を区別し、後者についてはドイツへの移住を歓迎していることは、注目に値する。このことは、極右政党すらこの国が外国人なしには、社会保障制度や経済的繁栄を維持できないという事実を理解していることを示している。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
熊谷徹(くまがいとおる) 1959(昭和34)年東京都生まれ。ドイツ在住。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン特派員を経て1990年、フリーに。以来ドイツから欧州の政治、経済、安全保障問題を中心に取材を行う。『イスラエルがすごい マネーを呼ぶイノベーション大国』(新潮新書)、『ドイツ人はなぜ年290万円でも生活が「豊か」なのか』(青春出版社)など著書多数。近著に『欧州分裂クライシス ポピュリズム革命はどこへ向かうか 』(NHK出版新書)、『パンデミックが露わにした「国のかたち」 欧州コロナ150日間の攻防』 (NHK出版新書)、『ドイツ人はなぜ、毎日出社しなくても世界一成果を出せるのか 』(SB新書)がある。
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