チキンカツの中にバターソースなどが入っている「キーウ風カツレツ」(写真はイメージです)
以前、この連載でキーウ風カツレツについて書いた。ウクライナ戦争が始まってまもなく、悲惨なニュースが流れるたびに心を痛めつつ、ふと思い出したのである。昔々、食べた記憶のあるチキンカツのことを。その名もキエフ(当時)風カツレツ。そのカツをいつ、どこで食べたのか。まったく思い出せなかったのだが、チキンカツの中からバターソースがとろりと溢れる瞬間の驚いた感覚と、キエフという名前だけは脳裏に焼きついていたらしい。
その後あれこれ調査した結果、それは、今から七十年近く前に父がパリのロシア料理店で出合い、「長い生涯に私が最も旨いと思ったカツ」と言わしめたものであったことが判明した。父の著書『食味風々録』に記録されていた。父は帰国後、母にそのカツレツをつくらせてみたが、母がつくったキエフ風カツレツは期待に叶わなかったのか、その後、我が家の食卓に登場することはなかったように思われる。それでも当時の私(たぶん五、六歳)にとっては衝撃的な味だった。「キエフ」という街が地球上のどこに存在するのか知らないうちから、チキンカツの名前として記憶に留めていたのである。
そのカツの出自も味も承知していた両親は亡くなり、かつて父が訪れたパリのロシア料理店へ味を確かめに行くわけにもいくまい。
こうなったら自分でつくろう。
「フォーサイト」は、月額800円のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。
フォーサイト会員の方はここからログイン
