国際人のための日本古代史 (24)

「天皇のブランド」を借りた武家の台頭

執筆者:関裕二 2012年3月5日
タグ: 日本

 平清盛は保元の乱(1156)と平治の乱(1159)を制して、武家政権を樹立した。その後、源氏に取って代わられるが、なぜ、平氏と源氏が武士を束ね、12世紀の半ば、台頭したのだろうか。

地方に飛ばされた「王家の末裔」

山口県下関市の赤間神宮にある「平家一門の墓」(筆者撮影)
山口県下関市の赤間神宮にある「平家一門の墓」(筆者撮影)

 源氏と平氏は平安時代以降に臣籍降下した人たちだが、歴史を遡っていけば、王家の末裔氏族は、星の数ほどいる。神武天皇の末裔・多氏や敏達天皇の末裔・橘氏が有名だ。また蘇我氏も、第8代孝元天皇の末裔だったと『古事記』は記している。

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カテゴリ: カルチャー
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執筆者プロフィール
関裕二 1959年千葉県生れ。仏教美術に魅せられ日本古代史を研究。武蔵野学院大学日本総合研究所スペシャルアカデミックフェロー。著書に『藤原氏の正体』『蘇我氏の正体』『物部氏の正体』、『「死の国」熊野と巡礼の道 古代史謎解き紀行』『「始まりの国」淡路と「陰の王国」大阪 古代史謎解き紀行』『「大乱の都」京都争奪 古代史謎解き紀行』『神武天皇 vs. 卑弥呼 ヤマト建国を推理する』など多数。最新刊は『古代史の正体 縄文から平安まで』。
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