クオ・ヴァディス きみはどこへいくのか?

意外に似ている二つの国

執筆者:徳岡孝夫 2004年10月号
エリア: アジア

 昔のこと、シンガポールのホテルの前で「空港まで」とタクシーを拾い、乗ってからつい無意識に「国際空港だよ」と念を押した。運転手は「この国には国際空港しかないよ」と笑い、私もそうだったと苦笑した。その運転手とどこかの距離の話になり、私が「その間は何キロくらいあるの?」と訊くと、彼は「なに、三ハロンくらいのものさ」と答えた。 日本では競馬のときにしか使わないハロン(furlong)は、ヤード・ポンド法の単位で、英国でしか使わない。私は居ながらにして競馬場にいる気分になった。 あれは自分が植民地支配されていた時期を懐かしむ、少し珍しい国である。日本軍が迫ると見るや、ラッフルズ・ホテルのインド人ボーイたちは中庭を掘って銀器を埋めた。戦後イギリス人が戻ってくると掘り出し「はい旦那さま」と、いそいそテーブルに並べたという。

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執筆者プロフィール
徳岡孝夫(とくおかたかお) 1930年大阪府生れ。京都大学文学部卒。毎日新聞社に入り、大阪本社社会部、サンデー毎日、英文毎日記者を務める。ベトナム戦争中には東南アジア特派員。1985年、学芸部編集委員を最後に退社、フリーに。主著に『五衰の人―三島由紀夫私記―』(第10回新潮学芸賞受賞)、『妻の肖像』『「民主主義」を疑え!』。訳書に、A・トフラー『第三の波』、D・キーン『日本文学史』など。86年に菊池寛賞受賞。
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