二カ月ほど前のことである。パリの十三区にある六階建ての老朽ビルから、深夜に火が出た。駆けつけた人々は、あちこちの窓から身を乗り出して救いを求める子供たちの姿を見た。金切り声を聞いた。 消防は、なかなか来なかった。泣き叫ぶ子らは、助けようにも助ける手立てがない。 パリで古い住宅を訪ねた人なら、知っているだろう。エレベーターのないビルの真ん中に、窓のない木製の階段がある。表のドアを開けて入ったところのスイッチを捻ると、三十秒か四十秒間だけ電灯がパッとともる。その間に階段を駆け上がって目的の家のドアの前に到達しなければ、階段全体が真の闇に戻る。フランスは、ほとんど信じられない文明の国である。
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