ISISの「カリフ制」国家は短い夢に終わるか

執筆者:池内恵 2014年6月30日
エリア: 中東

アル=ジャジーラによれば、6月29日、イラクとシリアで勢力を伸張させているISISは、インターネット上で音声メッセージを発表し、イラクとシリアでの支配地域に「カリフ制」国家を樹立して、指導者のアブー・バクル・バグダーディーが世界のムスリムのカリフとなると宣言した

カリフを名乗ったということは、現実的にはその支配の範囲はISISの制圧した領域に限定されると言えども、イスラーム法の理念上は、全世界のムスリムの前に立つ信仰の指導者としての地位を主張したことになる。「イスラーム国家」を名乗ってきた以上、イスラーム法の国家論を参照しているはずでおり、そこからは想定される動きだが、もちろん現実的には世界中のムスリムがバグダーディーをカリフと認めるという可能性は近い将来にほとんどない。オスマン帝国の崩壊以後カリフを名乗った者はほぼ存在しないし、そもそもオスマン帝国のスルターン(「権力者」を意味するアラビア語起源の言葉で、宗教的な意味を持たない政治的な指導者の称号、すなわち「国王」「皇帝」に近い)が全イスラーム世界のカリフとしての地位を主張したのは帝国も黄昏になってから、欧米のキリスト教諸国への対抗で行ったことで、その権威もそれほどあまねく認められていたわけではない。全世界の大多数のムスリムは、アッバース朝の崩壊した13世紀半ば以降800年ほど、カリフの統治なしで生きてきたのである。カリフ制はイスラーム法学の理論書の中の、有名無実の理想的な観念としてのみ存在してきた。

カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
池内恵(いけうちさとし) 東京大学先端科学技術研究センター グローバルセキュリティ・宗教分野教授。1973年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程単位取得退学。日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員、国際日本文化研究センター准教授を経て、2008年10月より東京大学先端科学技術研究センター准教授、2018年10月より現職。著書に『現代アラブの社会思想』(講談社現代新書、2002年大佛次郎論壇賞)、『イスラーム世界の論じ方』(中央公論新社、2009年サントリー学芸賞)、『イスラーム国の衝撃』(文春新書)、『【中東大混迷を解く】 サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』 (新潮選書)、 本誌連載をまとめた『中東 危機の震源を読む』(同)などがある。個人ブログ「中東・イスラーム学の風姿花伝」(http://ikeuchisatoshi.com/)。
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