再度、「官僚の無謬性」について

執筆者:原英史 2010年9月14日
カテゴリ: 政治
エリア: 日本

 これまでのエントリーに、皆様からいろいろなコメントを頂戴しており、大変有難うございます。いくつかまとめてという形になってしまいますが、いただいた質問へのお答え、コメントを見てさらに考えた内容など、アップしていきたいと思います。(レスポンスが遅くなる場合もありますので、ご容赦ください。)

 まず、「PDCAサイクル」は、plan(計画)→ do(実行)→ check(評価)→ act(改善)です。
先にご紹介した直嶋大臣の答弁は、C→Aの部分がないと認めたようなものでしょう。
現状の政府の仕組みは、「PDCA」ではなくて、「PDたまにB」(計画・実行は官僚任せにしておいて、問題が起きるとたまに官僚バッシングでごまかす)といった感じのように見えます。
 
問題の根源は、政府の政策決定のプロセスで、責任の所在が不明確になりがちなことではないかと思います。
戦前は、「最終的には天皇陛下がご裁断されたこと」という建前が、責任の所在を覆い隠し、checkをおよそ排除し、「無謬性」原則を形作っていました。
現在ではそこに、「みんなで決めたこと」、「最後は国会で決めたこと」、「最終的には、政治家を選んだ国民の判断」といった建前が入り、「無謬性」原則を生かし続けています。
 
これをどう正していったらよいのか。
鍵は、一言で言えば「政策決定プロセスの見える化」だろうと思います。
その中で、どこまでが政治家の責任で、どこまでが官僚の責任なのかを明確にしていくことも求められます。
その意味でも、きちんとした「政治主導」体制の確立は重要です。「何でもかんでも政治家が決めるんだ」といった類の無邪気な「政治主導」ではなく、かといって、旧来の「官僚主導」に回帰するのでもなく・・・。
代表選後の展開を注目したいと思います。
 
(原 英史)
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執筆者プロフィール
原英史 1966(昭和41)年生まれ。東京大学卒・シカゴ大学大学院修了。経済産業省などを経て2009年「株式会社政策工房」設立。政府の規制改革推進会議委員、国家戦略特区ワーキンググループ座長代理、大阪府・市特別顧問などを務める。著書に『岩盤規制―誰が成長を阻むのか―』、『官僚のレトリック』など。
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