【ブックハンティング】世界史のなかの日本現代史

執筆者:苅部直 2015年8月6日
タグ: アメリカ 日本
今年は戦後70年という節目の年。

 1941年に大日本帝国がはじめた対米英戦争をどう呼ぶか。当時の日本政府が公式名称とした「大東亜戦争」は、戦後に占領軍が使用を禁じた経緯があるため、それを文章で使うと右翼のように思われる場合がある。そうかといって「太平洋戦争」も明らかにアメリカから見て名づけたものなので、具合がわるい。そんなことを考えて、前に自分の著書ではカッコをつけながら「大東亜戦争」としたのだが、それを英語に訳していただいたさいに、ささいな問題が生じた。

 アメリカ人の訳者の意見によれば、the Greater East Asia Warはもちろん、the Pacific Warも、日本研究者を除いた英語圏の一般読者には、なじみのない表現である。第2次世界大戦(World War Ⅱ)とするしかない。それを聞いたとき、第2次世界大戦と言えばヨーロッパ戦線の印象が強かったので違和感があったのだが、英語で読む人にとってのわかりやすさを優先して、助言に従うことにした。
 しかしよく考えてみれば、1939年に始まった「欧州大戦」が、本格的にアジア・太平洋地域にまで広がり、アメリカにも参戦させたのは、日本の対米英宣戦をきっかけにしている。世界史の視野から見れば、日本の行動こそが第2次「世界」大戦を成立させたのだから、海外の読者に説明するときには、そう呼ぶのがむしろ適切なのである。日本でしか通用しない「大東亜戦争」「太平洋戦争」、あるいは「アジア・太平洋戦争」といった名称を使うのは、国際社会の動きと日本とを別世界のように切り離してとらえる感覚にも、結びついてしまうだろう。

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執筆者プロフィール
苅部直(かるべただし) 1965年、東京都生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。現在、東京大学法学部教授。専門は日本政治思想史。著書に、『光の領国 和辻哲郎』、『丸山眞男―リベラリストの肖像』(サントリー学芸賞)、『移りゆく「教養」』、『鏡のなかの薄明』(毎日書評賞)、『歴史という皮膚』、『安部公房の都市』、『「維新革命」への道――「文明」を求めた十九世紀日本』、『日本思想史への道案内』、『基点としての戦後――政治思想史と現代』、『小林秀雄の謎を解く』など。
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