奈良県橿原市にある入鹿神社(筆者撮影)
皇極4年6月12日に蘇我入鹿は飛鳥板蓋宮(あすかのいたぶきのみや)大極殿(だいごくでん)(奈良県高市郡明日香村)で暗殺された。西暦に直すと、645年7月10日のことで、梅雨末期に勃発した政変だった。事実『日本書紀』に、次の記事がある。
「この日雨が降り、宮の庭(入鹿暗殺現場)は溢れた水に浸かり、蘇我入鹿の遺骸に筵(むしろ)と蔀(しとみ、屏風)をかぶせた……」
大悪人の無残な末路、といったところか。
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皇極4年6月12日に蘇我入鹿は飛鳥板蓋宮(あすかのいたぶきのみや)大極殿(だいごくでん)(奈良県高市郡明日香村)で暗殺された。西暦に直すと、645年7月10日のことで、梅雨末期に勃発した政変だった。事実『日本書紀』に、次の記事がある。
「この日雨が降り、宮の庭(入鹿暗殺現場)は溢れた水に浸かり、蘇我入鹿の遺骸に筵(むしろ)と蔀(しとみ、屏風)をかぶせた……」
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