【異能異才列伝】(1)
「無人島ビジネス」に挑む飛騨高山の若き「瓦屋」3代目(上)

執筆者:フォーサイト編集部 2017年12月30日
エリア: 日本
瓦職人なのに「無人島ビジネス」を展開する(写真をクリックするとサイトに飛びます)

 

 さまざまなジャンルで活躍する「異能異才」に肉迫するインタビュー・シリーズ、第1回目に登場するのは森孝徳(もりたかのり)さん、33歳。3回にわけてお届けします。

 

 ぼくは飛騨高山の瓦屋「森瓦店」の3代目です。1949年、祖父が創業しました。

 祖父は岐阜県恵那の出身で、第2次世界大戦でシベリアに抑留されました。次々に仲間が死んでいくなか、自分は食料係だったから生き延びることができたとよく聞かされました。

 シベリアから帰国後、恵那には戻らず飛騨高山に落ち着き、瓦屋を始めたのが始まりです。そして2代目を父が継ぎ、規模を少し大きくしました。

家業を継ぐ気はなかったけれど

 ぼくは3兄弟の長男です。でも、家業を継ぐつもりは毛頭ありませんでした。むしろ父親の後なんか継ぐか、違う道に行こう、という気持ちが強かった。

 父も、「瓦屋もいつどうなるかわからんから、大企業に勤めたほうがいい」と口癖のように言っていました。もちろん継ぐと言えば嬉しかったでしょうけど。

 理系だったぼくは大学を出て、あまり迷うことなく半導体メーカーに就職しました。部品の不良解析の仕事をしていました。いわゆる技術者で、家業の建設業とはかけ離れた仕事ですね。仕事はそれなりに面白かったし、大企業だから収入も安定していて、このまま定年まで勤めあげるのだろうなあとぼんやり考えていました。

 そんなとき、森瓦店が分裂状態になりました。詳しいことは省きますが、父が引退すると決めたことがキッカケです。この時の経験から、やはりお金が絡むと人間関係は難しくなることを学びました。今、僕はお金に執着がありませんが、あの経験が大きく影響しているのだと思います。

 結局、いろいろ悩んだ結果、ぼくは高山に帰って父の跡を継ぐことを決心しました。2011年、会社勤めをはじめて5年目のことでした。

ゼロ以下からのスタート

 当初は軽い気持ちでした。就職もポンポンとうまくいったし、給料もそれなりに出ていましたから、帰っても何とかなるだろうと。むしろ父のほうが、「今いいところにいるんだから、帰ってきたら絶対ダメだ」と止めていました。

 ところが実際に帰ってみると、本当に仕事がない。ほぼゼロ、という状態。

本業は「瓦屋」

「森瓦店」の場合、瓦そのものはメーカーから取り寄せ、民家の屋根に瓦を「葺く」のが仕事です。祖父の時代は「セメント瓦」という、型にセメントを流し込んで作った瓦を葺いていたので、自分たちで作っていたそうです。が、父の時代からは、どこの瓦屋さんもメーカーのものを使います。

 父の引退で会社を分割したとき、うちとその会社と連名で、取引先に「以後こうなります」と連絡していたんです。ところがそこに、ぼくが帰ってきて「森瓦店」を継ぐことになった。すると他の業者さんは、「あんたが継がないと言ったから今の形にしたんでしょ。何を今さら」という目で見る。挨拶回りをしても、冷たい感じでした。こういう理由で継ぎました、という説明も聞いてもらえないような雰囲気でした。

 しかも施工の職人さんは、最盛期は15人ほどだったのに、ぼくが帰った時は2人しかいなかった。当時、父は53歳でしたが、「俺は引退や」と瓦屋をやめるつもりでした。そんなに早く隠居してどうするつもりだったのかはわかりませんが、もうある程度稼いだし、ちょっと食べていければいい、という程度の気持ちだったようです。

 そんな状態なので、本当に仕事がない。やることもない。営業にまわっても、すぐに仕事が来るわけもない。

 営業は、個人のお宅に「すみません、瓦を葺き替えしませんか」と飛び込みでまわるのです。もちろん住宅メーカーにも営業しましたが、継いだ当時は前述のように逆風がすごく、どこに行っても嫌そうな顔をされていました。

 そんな中でも、たとえばトラックをタダ同然の値段で譲ってくれるような、支えてくれる人が何人かいました。積み重ねてきた信頼はなくならないのだと、この時ほど強く実感したことはありません。そして、祖父や父が長年築き上げてきた「信用」があったおかげで、あんな逆風のなかでも応援してくれる方々が少しずつ増えていったのです。

地域に還元できる面白いもの

 継いで1年ちょっと経ったあたりから、ようやくお客さんが戻ってくださるようになりました。ぼくが営業すると、「一生懸命やっているから」とか「若い力の方がいいね」という、いわば「若い者贔屓」とでもいう感じで、「そんなに頑張っているのならちょっと仕事あげるよ」と言ってくださるかたが増え始め、何とか手ごたえを感じ始めたという感じです。もちろん、ウェブ上でホームページも作り、広告宣伝などできる限りのこともいろいろやりました。

 2年ほどして、ようやく軌道に乗ってきました。ベースにあったのは、やはり地元に根付いていた祖父の「信用」です。祖父の偉大さを実感しました。

 おかげさまで、6年を経た現在は、飛騨高山で瓦葺き業ではシェアをほぼ独占させていただけるほどになりました。屋根のメンテナンスや修理、それから新築に関しては住宅メーカーさんの意向が働くのでなかなか難しいですが、一般の個人のお客さんに関しては、ほぼ9割はうちがお仕事をいただけています。

 ただ最近は、地震などの被害の影響で軽い屋根が流行っていて、瓦の需要自体は減っています。シェアが拡大したことで施工件数は増えましたが、それでも職人さんは増やさず、3人くらいでやっています。

 祖父は、戦後恵那から飛騨高山に移り住んで、飛騨の人に支えられて生きてこられたという思いがありますから、いつも「恩返ししろ」と言う人でした。そして父も、人を喜ばせるのが好きな人です。

 ぼくも3代目を継いでからここまでにさせていただいて、その恩返しという意味も含めて、とにかく飛騨で何か新しいことにチャレンジしたい、瓦以外のことでもっと何か飛騨に還元できるものはないか、ということを考えるようになりました。

 そこで最初は、建築関係のコミュニティを作ろうと思ったのですが、なかなかうまくいきませんでした。職人のモチベーションを高めることはとても難しく、失敗を繰り返しました。

 結局、建築業界はシェアの取り合いで、最終的には価格競争になってしまう。しかも建築には地域ごとの特性があって、その土地に根付いた施工方法がある。そういうこともあり、そのまま瓦業、建築の事業を拡大していくという方向では面白さを感じられませんでした。

 ただ、とにかく何か面白いことをしたい、人を幸せにできるような、興奮して取り組めるような何かをしたい、という気持ちだけはどんどん強まっていく。でも、じゃあ何をしたらいいのか、そのヒントもつかめずにもがいているという状態がずっと続いていたのです。

本当に面白いこと

 次に思いついたのは、果樹栽培でした。

人生の転機となったのは、ある人物との出会いだったと語る森さん

 奥飛騨の冬は雪国の山間地域ですが、最近、何人かの生産者の方が南国のフルーツをハウス栽培しているんです。温泉熱、地熱を使って、「奥飛騨バナナ」という高級バナナや「飛騨ドラゴン」というドラゴンフルーツを作って首都圏に卸しています。バナナやドラゴンフルーツのような南国特有というイメージの果樹を飛騨で作ることに奇異なイメージを抱かれるかもしれませんが、実は冬に寒い地域の方が、南国産より甘味が出る。実際「飛騨ドラゴン」は、沖縄産のドラゴンフルーツよりもかなり甘いですよ。

 そういう話を耳にして、実際に生産者の方ともお会いしてお話を聞くと、とても面白いんです。じゃあぼくはイチゴかオリーブを育ててみたい、と思いつきました。オリーブについては、友人と一緒に産地の瀬戸内海・播磨灘の小豆島まで行って、農家の方に話を聞いてきました。

 ただし、いざビジネスとして具体化しようとすると、土地や人材の確保、流通ルートの開拓から卸先まで、当たり前ですけど高くて厚い壁がある。そのハードルを越えるだけの意欲、熱量が自分のなかに湧き出てこない。なぜだろう、面白い取り組みだと感じてはいるのに、なぜ突破していこうという熱い思いが出てこないんだろう――そんな疑問を感じながらあがいていました。

 いま考えると、ぼくの発想の出発点は、とにかく飛騨高山に何かを持ってきて始められないか、というところにありました。そっちが先で、じゃあ何を、という探し方をしていた。だから、実は果樹園についても本当のところ、心底それ自体を面白いと思っていたのではないんじゃないか。飛騨高山に「持ってくる」ことだけに囚われすぎていたんじゃないか。

 ちょうど同じ頃、そのことに気づかされるとても大きな出会いがあったのです。(つづく)

 

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執筆者プロフィール
フォーサイト編集部 フォーサイト編集部です。電子書籍元年とも言われるメディアの激変期に、ウェブメディアとしてスタートすることになりました。 ウェブの世界には、速報性、双方向性など、紙媒体とは違った可能性があり、技術革新とともにその可能性はさらに広がっていくでしょう。 会員の皆様のご意見をお聞きし、お力をお借りしながら、新しいメディアの形を模索していきたいと考えております。 ご意見・ご要望は「お問い合わせフォーム」や編集部ブログ、Twitterなどで常に受け付けております。 お気軽に声をお聞かせください。よろしくお願いいたします。
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