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Bookworm(38)

陸 秋槎 稲村文吾・訳『元年春之祭』

評者:大森 望(翻訳家・評論家)

前漢時代の楚を舞台にした
中国作家の“本格ミステリ”

りく・しゅうさ 1988年、中国北京生まれ。2014年、短篇ミステリ「前奏曲」で第二回華文推理大奨賽の最優秀新人賞を受賞。現在、石川県金沢市に在住。

 著者あとがきによると、本書の原型作品は、第3回島田荘司推理小説賞(中国語の長篇ミステリを対象とする台湾の新人賞)に応募されたものの1次選考も通過しなかったそうだが、この邦訳を読む限り、なぜ落ちたのか理解できない。その意味では、(原型作品が)江戸川乱歩賞の1次で落ちた有栖川有栖『月光ゲーム』や2次で落ちた綾辻行人『十角館の殺人』の中国版。いろんな意味ですばらしく新本格っぽい、ミステリ史に残る鮮烈なデビュー長篇だ。
 物語の発端は、地方の旧家で起きた殺人事件。犯人が忽然と消えた謎に、都会から来たお嬢さま(17歳)が挑む――と来れば、定番すぎてあくびが出そうな設定だが、実はぜんぜん普通じゃない。なにしろ、タイトルの“元年”とは、天漢元年。今から2100年以上前の前漢時代、第7代皇帝・武帝が大陸を統(す)べる、紀元前100年の話なのである。
 舞台は、楚(そ)の国の雲夢澤(うんぼうたく、現在の湖北省周辺)。問題の旧家は、かつて国の祭祀を司ったという観(かん)家。4年前には、本家の一家4人が惨殺される悲劇が起きているが、春の祭儀を目前に控えた今、ふたたび新たな悲劇の幕が上がる……。
 探偵役の葵(あおい)ちゃん――じゃなくて於陵葵(おりょうき)は、長安の大富豪の娘。才気煥発・博覧強記にしておそろしく気位が高く、侍女の小休(しょうきゅう)を叱り飛ばし、知り合ったばかりの観家の娘・露申(ろしん)に議論をふっかけては平然と罵倒する。のっけから弓で雉(きじ)を仕留めたかと思うと、四書五経を縦横無尽に引き、司馬相如(しばしょうじょ)の〈子虚賦(しきょふ)〉をそらんじ、楚の偉人・屈原(くつげん)について、あっと驚く新説を披露する。衒学(げんがく)的な高校生が登場する青春ミステリは数あれど、葵の知識量はその中でもトップクラスだろう。
 とはいえ本書が難解な蘊蓄ミステリかというとそんなことはなくて、葵と小休と露申、3人の少女たちの複雑に入り組んだ友情と愛憎劇を軸にした(ほとんど百合アニメ的な)キャラクター小説の印象が強い。そのうえで、不可能状況下で起きた複数の殺人事件が核になり、「読者への挑戦状」が2度にわたって挿入され、最後に“前代未聞の動機”(三津田信三の帯コメントより)が明かされるのだから、まさに完璧なオタク系本格ミステリ。90年代の麻耶雄嵩を思わせる、こんなデビュー作が2016年の中国で出版されていること自体、感動的とも言える。最近の中国には、陸秋槎の他にも、時晨、陸燁華など、“新本格”の書き手が複数いるらしく、今後の邦訳に期待したい。

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