岡崎琢磨『夏を取り戻す』
評者:香山二三郎(コラムニスト)
連続失踪事件は思わぬ展開に?!
子供と大人の複雑怪奇な知恵比べ
東京創元社の「次世代を担う新鋭たちのレーベル」、〈ミステリ・フロンティア〉がついに100冊に到達した。拍手! 1冊目は2003年刊の伊坂幸太郎『アヒルと鴨のコインロッカー』。あれから15年とは、月日の経つのは誠に早いもの。伊坂も今やミステリー界を代表する書き手に成長した。
今回栄えある100冊目に選ばれたのは『珈琲店タレーランの事件簿』シリーズで知られる岡崎琢磨。本書は初のノンシリーズ長篇に当たる。伊坂作品が青春推理だったのを意識したのか、本書もジャンル的には青春推理、学園推理になるが、こちらの主人公の一方は小学生だ。
1996年8月下旬から、S県の城野原(きのはら)市で城野原小学校4年1組の児童が相次いで失踪する事件発生。それを匿名の情報提供で知らされた軟派のゴシップ誌『月刊ウラガワ』は、新米編集者の猿渡守(通称サル)とフリー記者の佐々木大悟を取材に派遣する。だが実は、連続失踪事件は城野原団地に住まう4年1組の有志五人による、楽しい夏休みを取り戻すための計画なのであった。
幸いサルたちは情報の提供者と会うことが出来、失踪していた子供・里崎健が前夜無事帰ってきたことを知らされる。4日間にわたる健の失踪は単なる家出とは違っていたが、どこにいたかは不明。団地から外へ出たまま戻らなかったようで、団地外に隠れ家があると思われた。
この隠れ家捜しが推理のポイントのひとつとなる。健がどうやって姿を消したのかは佐々木が解明してみせるが、肝心の隠れ家が突き止められないうち、今度は授業中の視聴覚教室から別のひとりが忽然と姿を消す。
小学4年生というのに何とも知恵の回る連中だが、むろん有志チーム対サルたち取材陣の単純な知恵比べでは終わらない。サルたちは有志チームの女児が洩らした言葉をきっかけに、城野原小学校には団地の子と外に住む子たちとの間に深い溝があることや、団地在住の若者が主催するゴールデンウィーク中のキャンプで事件があったことなどを知る。
事件の根っこには団地の闇も絡んでいたということで、後半は様々な人間関係のもつれがスリリングに浮き彫りにされていくのだ。著者はあとがきで、執筆が難航したと述べているが、謎解き仕掛けも二転三転するストーリーテリングも端正な仕上がり、苦労した甲斐はあった。社会を鋭く風刺する一方で後味もよく、ファンはもちろん、初めて読む人の期待も裏切らない珠玉の1篇。

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