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Bookworm(42)

高原英理『歌人紫宮透の短くはるかな生涯』

評者:豊崎由美(書評家)

2018年11月17日
エリア: ヨーロッパ 日本

“サブカルクソ野郎”が泣いて喜ぶ
仕掛けたっぷりの「偽伝」

たかはら・えいり 1959年、三重県生まれ。小説家、文芸評論家。85年、「少女のための鏖殺作法」で幻想文学新人賞を受賞。著書に『抒情的恐怖群』など多数。

 小学生の頃に集めた「怪獣写真」。『少年画報』についてきた付録。澁澤龍彥の著作。アンビエント・ミュージック(環境音楽)。池袋西武にあった西武美術館や詩歌専門店の「ぽえむぱろうる」。六本木WAVE。映画『ピクニック at ハンギング・ロック』。最先端文化人が集ったクラブ「ピテカントロプス」。
 などなど、1960年代生まれのサブカルクソ野郎(トヨザキによる愛情と含羞を示す造語)どもが、懐かしさと気恥ずかしさで身悶えするようなネタがふんだんに投入されている小説が、高原英理の『歌人紫宮(しぐう)透(とおる)の短くはるかな生涯』だ。
 80年代に天才ゴス歌人として脚光を浴びるも、90年に事故死(享年28)した紫宮透。これは、その存在を知って興味を抱いた小説家の〈私〉が、紫宮の代表的な短歌を選んで解説すると同時に、彼の生涯についても詳しく触れた大島布由季の著作『紫宮透の三十一首』を紹介する――というメタフィクションの構造をとった偽書・偽伝ものになっている。とはいえ、読んで難解な小説ではまったくない。
 1962年、和歌山県の田舎町に生まれ、文学全集を飾るような文化的指向の強い両親に育てられた紫宮の短い生涯の物語が、まず面白い。作中で紫宮の姉が語る言葉〈遠くに何かビューティフルなライフがあって、少しでもそれを真似たいっていう気持ち〉が象徴する、高度成長期の日本人のいじらしいまでの〈豊かさへの憧れと背伸び〉の感覚の活写。その時代に育った、自意識と自信が過剰気味な文系少年の思春期と青春、歌人になるまでを描いた、若き芸術家の肖像小説として、示唆に富んだ物語に仕上がっているのだ。
 紫宮の短歌を挙げ、それに寄せられた解釈を紹介しながら綴られていく伝記には膨大な注釈が付けられていて、その仕掛けがまた知的好奇心をあおって素晴らしい。紫宮のゴス短歌はどれも多様な解釈を許して蠱惑的で、〈鉄の羽根背(せな)より伸ばし霧の中わが罪障をいつくしむ朝〉という作品なんか、歌自体の魅力はもちろん、そこに付されたSF的解釈のカッコ良さにしびれてしまった。
 天才の生涯を描く小説の場合、実作を作中作として入れられるかどうかの手腕と技量が問われるところだが、その厳しいハードルを高原英理は易々と越えている。かつてのサブカルクソ野郎どもはもちろん、かの時代の空気に触れたい若い世代、テクニカルなのに面白く読める小説を探している方にも熱烈推薦したい。

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