Bookworm (67)

細野祐二『会計と犯罪 郵便不正から日産ゴーン事件まで』

評者:板谷敏彦(作家)

2019年7月28日
エリア: 北米 アジア

「犯罪会計学」の第一人者が
身をもって語る経済犯罪裁判の特殊性

ほその・ゆうじ 1953年生まれ。元公認会計士。2004年3月、キャッツ株価操縦事件で逮捕・起訴。著書に『公認会計士vs特捜検察』など。

 この少し刺激的なタイトルと著者名、浅学な評者が最初にこの本を手にした時の第一の感想は、失礼ながら岩波書店がこんな本を出すのかというものだった。
 著者は2004年のキャッツ株価操縦事件において有価証券報告書虚偽記載罪の共同正犯として特捜検察に逮捕・起訴された元公認会計士である。
 著者は一貫して無罪を主張、自白調書への署名を拒否し190日間も勾留された。そして裁判の結果、不合理にも有罪だったが、著者は元会計士としての知見ゆえに今でも判決は冤罪であったと確信している。
 そしてその判決から数カ月後の2010年9月、郵便不正事件で厚労省の村木厚子元局長が無罪になった。この事件は検察によるフロッピーディスクの書き換えという証拠改竄事件へと続き、特捜検察の冤罪構造が満天下に明らかにされた。
 すると、それまで大手メディアへの露出が無かった著者も論考を堂々と発表できるようになった。法的な判決はどうあれ、世間は著者の逮捕を冤罪であったと認めたのだ。
 一方で著者は、裁判中から自身の無罪を証明するために粉飾決算への解析力を研ぎ澄まし、いつしか「犯罪会計学」の第一人者と呼ばれるようになっていた。
 本書は3部構成になっている。
 第Ⅰ部が著者自身の判決以降の日々をドキュメンタリーとして描写。執行猶予期間の制約の厳しさが伝わる。
 第Ⅱ部が郵便不正事件の徹底的な解析である。捜査権と起訴権を併有し、どんな人でも有罪にできる特捜検察の特殊性、その必要性と同時に権力乱用の危険性。何故村木元局長は無罪を勝ち得て著者には出来なかったのかの問いを軸に、冷徹に事件を腑分けしてゆく。苦労の果てに獲得したであろう知見が織りなす文章の構成力、説得力は第一級である。難しい話にもかかわらず、読者は緊張感を保ちながら一気に読破できるはずだ。読み物として面白い。
 第Ⅲ部が著者の専門分野である犯罪会計学の成立過程と経済犯罪裁判の持つ特殊性について。そして最後に、現在進行中の日産自動車カルロス・ゴーン事件の裁判について、前提事項の整理とその見立てである。
 著者は、裁判の判決は国民の事件に対する印象に大きく依存するという。我々はゴーン被告への印象操作にも注意せねばなるまい。読むほどに、この本は岩波書店から発刊されるべきものであったと納得した。

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